The Fallibility of Ministers     目次 | BACK | NEXT

6. 教役者は無謬ならず


「ところが、ケパがアンテオケに来たとき、彼に非難すべきことがあったので、私は面と向かって抗議しました。なぜなら、彼は、ある人々がヤコブのところから来る前は異邦人といっしょに食事をしていたのに、その人々が来ると、割礼派の人々を恐れて、だんだんと異邦人から身を引き、離れて行ったからです。そして、ほかのユダヤ人たちも、彼といっしょに本心を偽った行動をとり、バルナバまでもその偽りの行動に引き込まれてしまいました。しかし、彼らが福音の真理についてまっすぐに歩んでいないのを見て、私はみなの面前でケパにこう言いました。『あなたは、自分がユダヤ人でありながらユダヤ人のようには生活せず、異邦人のように生活していたのに、どうして異邦人に対して、ユダヤ人の生活を強いるのですか。私たちは、生まれながらのユダヤ人であって、異邦人のような罪人ではありません。しかし、人は律法の行ないによっては義と認められず、ただキリスト・イエスを信じる信仰によって義と認められる、ということを知ったからこそ、私たちもキリスト・イエスを信じたのです。これは、律法の行ないによってではなく、キリストを信じる信仰によって義と認められるためです。なぜなら、律法の行ないによって義と認められる者は、ひとりもいないからです」(ガラ2:11-16)

 あなたは、かつて聖ペテロがアンテオケで何を行なったか考えたことがあるだろうか? これは真剣な考察に値する問いである。

 使徒ペテロがローマで何を行なったかは、しばしば聞かされるところである。確かな根拠といえるような資料は片言隻句もないというのに、ローマカトリックの著述家たちは、この点についてあまたの物語を私たちに供している。数々の伝説や伝承や説話が、この主題に関してはおびただしく存在している。しかし、こうした著述家たちにとって不幸なことに、聖書はその点について全く沈黙している。使徒ペテロが一度でもローマに行ったことがあるかどうかすら、聖書では全く示されていない!

 しかし使徒ペテロはアンテオケでは何を行なっただろうか? この点こそ私が注意を引きたいと思う点である。これは、この論考の冒頭に冠したガラテヤ人への手紙の箇所が記している主題である。いずれにせよ、この点については、聖書は明確に、取り違えようのないしかたで語っている。

 私たちが前にしている箇所の6つの節は、多くの理由から驚くべきものである。それらは、そこに記述されている出来事を考えるとき、驚くべきである。ここでは、ひとりの使徒が別の使徒を叱責しているのである!----それらは、このふたりの人々がだれであったかを考えるとき、驚くべきである。年下のパウロが、年上のペテロを叱責しているのである!----それらは、そのきっかけに注意するとき、驚くべきである。一見したところ、いかなるあからさまな過誤も、いかなる目に余る罪も、全くペテロは犯していないのである! だが使徒パウロは云っている。「彼に非難すべきことがあったので、私は面と向かって抗議しました」、と。彼はそれ以上のことをしている。----彼はアンテオケ教会全体の前で、ペテロの過ちについて彼を公然と叱責している。パウロはさらに踏み込んだことをしている。----彼はその顛末を、現在では二百もの言語に訳されて世界中で読まれている手紙に書き記しているのである。

 私の堅く確信するところ、聖霊は、私たちがこの聖書箇所に格別な注意を払うことを求めておられる。もしキリスト教が人間の発明だったとしたら、このような事がらは決して記録されなかったであろう。マホメットのごとき詐欺師であれば、ふたりの使徒の対立など口をぬぐって知らぬ顔をしていたであろう。真理の御霊がこれらの節を書き記させたのは、私たちを教えるためであり、私たちはその内容に注意を払った方がよい。

 アンテオケにおける事件を記したこの箇所から私たちは、3つの大きな教訓を学ぶべきであると思う。

 I. 第一の教訓は、偉大な教役者も大きな間違いを犯すことがありえる、ということである。
 II. 第二は、キリストの真理をその教会内で保つことは、平和を保つことにもまして重要である、ということである。
 III. 第三は、律法の行ないによらない信仰による義認という教理にまして、執拗に守るべき教理はない、ということである。

 I. アンテオケの事件から学べる第一の大きな教訓は、偉大な教役者も大きな間違いを犯すことがありえる、ということである。

 この箇所で私たちの前に示されていることほど明確な証拠があるだろうか? 疑いもなくペテロは使徒たち全員の頭株のひとりであった。彼は古参の弟子であった。数々の格別にすぐれた立場と特権を有する弟子であった。彼は、主イエスと四六時中行動をともにしていた。主が説教をするのを聞き、主が奇蹟を行なうのを見、主の個人的な教えに浴し、主の腹心の友のひとりに数えられ、主が地上で送られた公生涯の間中、主とともに出入りをしていた。彼は、天国のかぎを与えられた使徒であり、彼の手によってそのかぎは最初に用いられた。彼は、ペンテコステの日にユダヤ人たちに説教することによって、信仰の扉をユダヤ人に対して最初に開いた使徒であった。コルネリオの家に出向いて、彼を教会に受け入れることによって、信仰の扉を異邦人に対して最初に開いた使徒であった。彼は使徒15章にある会議で最初に立ち上がって、こう発言した使徒であった。「なぜ、今あなたがたは、私たちの先祖も私たちも負いきれなかったくびきを、あの弟子たちの首に掛けて、神を試みようとするのです」。だがしかし、ここでは当のそのペテロが、この同じ使徒が、あからさまに大きな間違いに陥っている。使徒パウロは私たちに、「彼に……私は面と向かって抗議しました」、と告げている。「彼に非難すべきことがあった」、と告げている。「彼は……割礼派の人々を恐れて」、と云っている。彼と、その一行の人々のことを、「福音の真理についてまっすぐに歩んでいない」、と云っている。彼らの「本心を偽った行動」について語っている。彼が私たちに告げるところ、この本心を偽った行動によって、伝道旅行の辛苦をともにした盟友バルナバでさえ、「引き込まれてしまいました」。

 これは何と驚くべき事実であろう。これはシモン・ペテロなのである! これは聖霊が記録することをよしとお考えになった、彼の三度目の大失態である! かつて彼は、何としても私たちの主を十字架の大業から引き留めようと試みて、峻烈な叱責を受けたことがあった。また彼は、のろいをかけて三度も主を否んだことがあった。ここでもやはり彼は、キリストの福音の主要な真理を危険にさらしている。確かに私たちはこう云ってよいであろう。「主よ。人とは何者なのでしょう」、と。ローマ教会は、使徒ペテロがその創設者であり最初の司教であることを自慢している。それならそれでよい。とりあえず、そういうことにしておこう。ただ1つだけ忘れてならないのは、イスカリオテ・ユダは論外としても、使徒たち全員の中で、このペテロほど、誤りを免れない人間である証拠を数多く示している者はない、ということである。自らの示すところ、ローマ教会は、使徒たちの中でも最も誤りを免れていない人物によって創設されたのである*1

 しかし、これらがみな私たちに教えようとしているのは、使徒たちそのひとでさえ、聖霊の霊感のもとで記述していないときには、時として誤りがちであった、ということである。それが私たちに教えようとしているのは、最良の人々ですら肉体のうちにある限りは弱く、誤りを免れない、ということである。神の恵みによって支えられていなければ、いかなる人といえども、いつ道を踏み外すかわからない。これは非常に心へりくだらされることだが、非常に真実なことである。真のキリスト者たちは回心し、義と認められ、聖なるものとされている。彼らは、キリストの生きた肢体であり、神の愛する子どもたちであり、永遠のいのちの相続人である。選民であり、選ばれ、召され、救いをいただけるように守られている。御霊を有している。しかし、無謬ではない

 身分や位階によって無謬性が授けられるだろうか? 否、そのようなことはない! その人が何と呼ばれるかは問題ではない。人は、ツァーであれ、皇帝であれ、国王であれ、君主であれ、教皇であれ、枢機卿であれ、大主教であれ、主教であれ、聖堂参事会長であれ、大執事であれ、司祭であれ、執事であれ、その人はなおも誤りを免れない人間である。王冠も、宝冠も、任職の油も、司教冠も、按手も、人が過ちを犯すことを妨げることはできない。

 人数によって無謬性が授けられるだろうか? 否、そのようなことはない! 君主たちを数十人集めること、主教たちを数百人集めることはできるかもしれない。だが、寄り集まったときでも彼らは、やはり誤りがちである。それを教会会議と呼ぼうと、長老会と呼ぼうと、総会と呼ぼうと、協議会と呼ぼうと、どう呼ぼうと、それは問題ではない。彼らの出す結論はやはり誤りを免れない人々の結論である。彼らの集合的な知恵もやはり、途方もない間違いを犯すことがありうる。英国国教会の第二十一箇条はいみじくもこう云っている。「(総会議は)過ちを犯すことがありえるし、神に関わる事がらについてすら、何度か過ちを犯したことがあった」。

 アンテオケにおける使徒ペテロの事例は、他に例のないものではない。それは、聖書の中に私たちを教えるために書かれている多くの事がらと軌を一にしている。私たちは、信仰者の父アブラハムが、サラの助言に従ってハガルを妻にしたのを思い出さないだろうか? 最初の大祭司アロンが、イスラエル人の云いなりになって、金の子牛を作ったことを思い出さないだろうか? 預言者ナタンがダビデに神殿を建てるよう告げたのを思い出さないだろうか? かの最大の賢者ソロモンが、妻たちにその高き所を建てるのを許したことを思い出さないだろうか? ユダの善王アサが主を求めることをせず医者を求めたのを思い出さないだろうか? 善王ヨシャパテが、悪人アハブを助けるために下っていったのを思い出さないだろうか? 善王ヒゼキヤがバビロンからの使者を迎え入れたのを思い出さないだろうか? ユダの最後の善王ヨシアがパロと戦うために出て行ったのを思い出さないだろうか? ヤコブとヨハネが天から火を呼び下したがったのを思い出さないだろうか? こうした事がらは思い出すに値することである。これらは、あだやおろそかに書かれたのではない。これらは声を大にして語っているのである。人間は無謬ではない!、と。

 そして、キリストの教会の歴史を紐解くとき、そこに見てとらない人がいるだろうか? 最良の人々も誤りを犯すことがありえると何度となく証明されていることを。初期の教父たちは、知識に基づいた熱心さがあり、キリストのためなら死をも辞さなかった。しかし彼らの多くは修道生活を奨励し、ほとんど全員が多くの迷信の種を蒔いた。----宗教改革者たちは、真理に基づく信仰を地上に復興させるため、神がお用いになった誉れある器だった。だが、彼らのうちほぼひとりの例外もなく、何らかの大きな過ちを犯さなかった者はいない。マルチン・ルターは頑固に聖体共在説を主張し続けた。メランヒトンはしばしば臆病風に吹かれ、優柔不断だった。カルヴァンはセルヴェトゥスが火刑に処せられるのを許した。クランマーは一時的に自分の最初の信仰を撤回し、変節した。ジューエルは死の恐怖に負けてローマカトリックの諸教理を承諾する署名をした。フーパーは、祭服に関して几帳面に過ぎることによって、英国国教会を混乱させた。後の時代のピューリタンたちは、信教自由令をアバドンだのアポリュオンだのといって非難した。前世紀のウェスレーやトップレイディは、きわめて恥ずべき言葉遣いで互いに罵り合った。現代のアーヴィングは、異言を語るという迷妄への道を開いた。こうした事がらはみな、声を大にして語っている。これらはみなキリストの教会への危険標識を掲げている。これらはみな云っているのである。「人間をたよりにするな」。----「先生と呼ばれてはいけません」。----「あなたがたは地上のだれかを、われらの父と呼んではいけません」。----「だれも人間を誇ってはいけません」。----「誇る者は主にあって誇れ」、と。これらはみな叫んでいる。人間は無謬ではない!、と。

 この教訓を私たちはみな必要としている。私たちは生来みな、目に見えない神よりも、目に見える人間を頼りにしがちである。私たちは生来、目に見えない大牧者であり監督であり大祭司である主イエス・キリストよりも、目に見える教会の教役者たちにより頼むことを好むものである。私たちは、絶えず警告され、用心させられる必要がある。

 人間に頼るというこの傾向は、至る所に見受けられる。プロテスタントのキリスト教会のいずこにおいても、この点で注意を必要としないような教派を私は知らない。たとえば、英国の監督派にとって罠となっているのは、ピアスン主教や、「賢明なるフッカー」を偶像視することである。スコットランド長老派にとって罠となっているのは、ジョン・ノックスや、盟約者たちや、チャーマズ博士を自分の信仰の拠り所とすることである。現代のメソジストにとって罠となっているのは、ジョン・ウェスレーの事跡を礼拝することである。独立派にとって罠となっているのは、オーウェンやドッドリジのいかなる意見をも金科玉条のごとく尊ぶことである。バプテストにとって罠となっているのは、ギルや、フラーや、ロバート・ホールの知恵を過大評価することである。こうしたことはみな罠であり、こうした罠にいかに多くの者が落ち込んでいることか!

 私たちは生来みな、自分の教皇を持ちたがるものである。私たちは、どこかの偉大な教役者が、あるいはどこかの学識者が何かを云っているからといって、----あるいは、愛する自分の教役者が何かを云っているからといって----果たしてそれが聖書で云われていることかどうか吟味もせずに、それは正しいに違いない、とあまりにも容易に考えがちである。ほとんどの人々は、自分自身で考えるという労をいとう。彼らはひとりの指導者についていくことを好む。彼らは羊のようである。---- 一頭が裂け目を飛び越えれば、残りの全部がそれにならう。このアンテオケでは、バルナバでさえ引き込まれてしまった。この善良な人物がこう云っているのが聞こえるようである。「ペテロのような老使徒が誤っているなどありえない。彼に従っていさえすれば、間違いはない」。

 さて、私たちの主題のこの部分から、いかなる実際的な教訓を学べるか見てみよう。

 (a) 第一のこととして学びたいのは、単にある人が何百年も前に生きていたからというだけの理由で、その人の意見を盲信すべきではない、ということである。ペテロはキリストご自身と同じ時代に生きていたが、それでも過ちを犯すことがありえた。

 今日は多くの人々が、「初代教会の声」について大いに語っている。彼らは、使徒たちに近い時代に生きていた人々は、もちろん私たちが知りうるよりも多くの真理を知っていたに違いない、と私たちに信じ込ませようとしている。だが、こうした意見には何の根拠もない。実際のところ、キリスト教会の最古の著述家たちのほとんどは、しばしば互いに意見を異にしていた。実際のところ、彼らはしばしば自分自身の考えを変えて、かつていだいていた意見を取り消した。実際のところ、彼らはしばしば愚にもつかないばかげたことを書き記し、その聖書解説において途方もない無知を示すことが多々あった。彼らが誤りを免れていたなどと期待してもむだである。無謬性は初期の教父たちのうちにではなく、聖書のうちに見いだされるべきである。

 (b) 別のこととして学びたいのは、単にある人が教役者としての職務についているからというだけの理由で、その人の意見を盲信すべきではない、ということである。ペテロは使徒たちの筆頭格のひとりだったが、それでも過ちを犯すことがありえた。

 この点で人々は絶えず道を踏み外してきた。この岩礁に、初期の教会は激突した。すぐに人々は、「監督のお心に逆らうようなことはするな」、という云い回しを身につけた。しかし、監督、司祭、執事とは何だろうか? 最良の教役者たちも人間以外の何だろうか?----ちりと、灰と、粘土、----私たちと同じような人間、誘惑にさられされている人間、弱さと欠陥に陥りがちな人間以外の何だろうか? 聖書は何と云っているだろうか? 「アポロとは何でしょう。パウロとは何でしょう。あなたがたが信仰にはいるために用いられたしもべであって、主がおのおのに授けられたとおりのことをしたのです」(Iコリ3:5)。監督たちはしばしば真理を荒野に追いやり、偽りを真理であると命じてきた。最大級の過誤はみな、教役者たちによって始められたものであった。大祭司の息子であったホフニとピネハスは、神信仰をイスラエル人にとって忌み嫌うべきものにした。アンナスとカヤパは、アロンの直系の子孫であるにもかかわらず、主を十字架につけた。かの異教の始祖アリウスは教役者であった。叙任された人々が間違いを犯すはずはない、などと考えるのはばかげている。私たちは、教役者が聖書にかなったことを教えている限りは彼らに従うべきだが、それ以上のことをすべきではない。私たちは彼らが、「次のように書いてあります」、----「主はこう仰せられる」、と云える限りにおいて彼らを信ずるべきだが、それを越えたところまで行くべきではない。無謬性は叙任を受けた人々のうちにではなく、聖書のうちに見いだされるべきである。

 (c) 別のこととして学びたいのは、単にある人に学識があるからというだけの理由で、その人の意見を盲信すべきではない、ということである。ペテロは奇蹟を行なう賜物があり、異言を語ることができたが、それでも過ちを犯すことがありえた。

 この点でもまた、多くの人々が誤ってきた。この岩礁に、中世の人々は激突した。人々はトマス・アクィナスや、ドゥンス・スコートゥスや、ペトルス・ロンバルドゥスや、彼らの同輩であった多くの人々を、ほとんど霊感を受けた人々であるかのようにみなしていた。彼らは、その崇敬の念を証しするような通り名をその幾人かに捧げた。彼らは、「不可論駁」博士や、「熾天使」博士や、「無比」博士について語り、----こうした博士たちが云ったことはことごとく正しいに違いないと考えているかに見えた! しかし、いかに学識がある人といえども、聖霊によって教えられていないとしたら何になるだろうか? あらゆる神学者のうち最も学識ある人といえども、その最上の時であってさえ、誤りを免れない、ただのアダムの子以外の何だろうか? 万巻の書物に関する該博な知識と、神の真理に関する途方もない無知とは、相伴うことがありえる。そうした事態はこれまでにもあったし、現在もありえるし、今後いかなる時代においてもあるであろう。あえて云うが、ロバート・マクチェーンの二巻本の伝記と説教集の方が、オーリゲネースやキュプリアーヌスがかつて著した、いかなる二折判本の一冊にもまして、人々の魂にとって積極的な善を施してきた。いかなる疑いもなく、『天路歴程』という一冊の書物は、----自分の聖書以外にほとんど何の本も知らず、ギリシャ語にもラテン語にも無知な男の書いたこの書物は、----最後の審判の日には、スコラ神学者たちの全著作を合わせたよりも大きな利益を世界にもたらしてきたものであることがわかるであろう。学識は蔑まれてはならない賜物である。教会内で書物が尊ばれない時代は、悪い時代である。しかし、注意して見るとき驚愕せざるをえないのは、いかに高遠な知的業績を達成した人であれ、いかに僅かしか神の恵みについて知らないことがありえるか、ということである。疑いもなく前世紀のオックスフォードにおける権威者たちは、ヘブル語やギリシャ語やラテン語の知識ということにかけては、ウェスレーや、ホイットフィールドや、ベリッジや、ヴェンよりもはるかに多くを知っていた。しかし彼らはキリストの福音についてはほとんど知らなかった。無謬性は学識者のうちにではなく、聖書のうちに見いだされるべきである。

 (d) 別のこととして学びたいのは、相手がいかに敬虔な人であっても、自分の教役者の意見を盲信しないように気をつけるべきだ、ということである。ペテロは非常に大きな恵みの持ち主だったが、それでも過ちを犯すことがありえた。

 あなたの教役者は、まことに神の人であるかもしれず、その説教と行為とのゆえに、あらゆる栄誉を受けてしかるべき人かもしれない。だが、その人を教皇にしてはならない。その人の言葉を神のことばと並び立つものにしてはならない。その人をへつらいで駄目にしてはならない。その人に、自分は何の間違いも犯すことがありえないのだ、などと思わせてはならない。あなたのありったけの重みをその人の意見によりかからせてはならない。さもないと、やがてあなたは、その人も誤りを犯すことがあると知ってほぞをかむことになるかもしれない。

 ユダの王ヨアシュについて、こう書かれている。「ヨアシュは、祭司エホヤダの生きている間は、主の目にかなうことを行なった」(II歴24:2)。エホヤダが死んだとき、ヨアシュの信仰も死んでしまった。それと全く同じように、あなたの教役者が死ぬとき、あなたのキリスト教信仰も一緒に死んでしまうかもしれない。----あなたの教役者が変わるとき、あなたのキリスト教信仰も変わるかもしれない。----あなたの教役者が去っていくとき、あなたのキリスト教信仰も消え失せるかもしれない。おゝ、人間を土台にしたキリスト教信仰で満足してはならない! 「先生がこれこれのことを語ったのだから、私には希望がある」、と云って自己満足していてはならない。こう云えるようになることを求めるがいい。「私には希望がある。なぜなら神のことばに、これこれのことが書いてあるからだ」、と。自分の平安を堅固なものとしたければ、あなたは自分であらゆる真理の源泉へと行かなくてはならない。自分の慰めを永続的なものとしたければ、あなた自身の魂のために清新な水を汲まなくてはならない。教役者たちは真理から離れることがありえる。目に見える教会は散り散りにさせられることがありえる。しかし、自分の心に神のことばを書き記している人は、決して裏切ることのない土台を踏みしめているのである。キリストの忠実な大使として、あなたの教役者に栄誉を与えるがいい。その働きのために愛をもってその人をいや高く評価するがいい。しかし、決して忘れてはならない。無謬性は敬虔な教役者のうちにではなく、聖書のうちに見いだされるべきである。

 私がここまで語ってきた事がらは、覚えておくに値するものである。それらを心に銘記しよう。そのとき私たちは、アンテオケにおける事件から1つの教訓を学んだのである。

 II. さて、アンテオケの事件から学べる第二の教訓に話を進めよう。その教訓とは、福音の真理を教会内で保つことは、平和を保つことよりも重要である、ということである。

 私が思うに、いかなる人にもまして平和と一致の価値を知っていたのは使徒パウロであった。彼はコリント人たちに愛について書いた使徒であった。彼はこう云った使徒であった。「互いに一つ心になり……なさい」。----「お互いの間に平和を保ちなさい」。----「同じことをこころがけなさい」*。----「主のしもべが争ってはいけません」。----「からだは一つ、御霊は一つです。あなたがたが召されたとき、召しのもたらした望みが一つであったのと同じです。主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つです」。また、彼はこう云った使徒でもあった。「すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです」(ロマ12:16; Iテサ5:13; ピリ3:16 <英欽定訳>; エペ4:5; Iコリ9:22)。だが、ここで彼がいかに行動しているか見るがいい! 彼はペテロに面と向かって抗議している。公然と彼を叱責している。その結果いかなる事態が生ずることになろうとも、その危険を冒している。アンテオケにいた教会の敵たちから何を云われるかわからなかったが、一歩も引いてはいない。何よりも彼は、このことが決して忘れられないように書き記し、永久に記録にとどめている。----すなわち、世界中のどこで福音が宣べ伝えられていようと、過ちを犯した使徒に対するこの公然たる叱責が、すべての人に知られ、読まれるようにしている。

 さて、なぜ彼はこのようなことをしたのだろうか? それは彼が偽りの教えをことのほか恐れていたからである。----小さなパン種が練り粉の全体をふくらませることを知っていたからである。----真理のためには執拗に戦うべきであり、真理が失われることを平和が失われることにまさって恐れるべきであると私たちに教えようとしていたからである。

 聖パウロの模範は、現代の私たちが覚えておいて損はないものである。多くの人々は、自分が平穏無事に暮らせさえすれば、キリスト教信仰におけるいかなることもがまんしようとする。彼らには、「論争」と彼らが呼ぶところのものに対する病的な恐怖がある。自分たちが、あいまいなしかたで「党派心」と称するもの----そのくせ彼らは決して党派心とは何かを明確に定義しはしない----に対する病的な恐れで満ちている。平和を保ち、たとえ真理を犠牲にすることになっても、万事につけ当たり障りなく、いやな気分をせずに過ごしたいという、病的な願望にとりつかれている。うわべが穏やかで、事を荒立てず、もの静かで、整っていさえすれば、彼らは他の何事をも打ち捨てて顧みないように見える。私の信ずるところ、きっと彼らは、アハブとともにエリヤのことをイスラエルを煩わすものと考え、ユダのつかさたちが口封じのためにエレミヤを牢に入れる手助けをしたに違いない。疑いもなく、私が語っているような、こうした人々の多くがアンテオケのその場にいたとしたら、パウロを非常に無分別な男だと考え、行き過ぎもいいところだと考えたであろう!

 私の信ずるところ、これらはみな間違っている。私たちには、キリストの純粋な福音のほか、----生一本の、混ぜ物のされていない福音のほか、----使徒たちが教えたのと同じ福音のほか、----何物も人々の魂に善を施すと期待する権利はない。私の信ずるところ、キリストにあるこの純粋な福音を保つためなら、人はいかなる犠牲も喜んで払うべきである。平和を危険にさらし、軋轢の危険を冒し、分裂を覚悟で行動すべきである。偽りの教えを大目に見るのは、罪を大目に見るのと変わらないとすべきである。キリストの福音の単純な使信に、いかなるつけ足しがなされることにも、いかなる差し引きがなされることにも抵抗すべきである。

 真理のために、私たちの主イエス・キリストは、パリサイ人がモーセの座についており、人々の教師として任命され、権威を与えられていたにもかかわらず、彼らを糾弾した。「忌わしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち」、と主はマタイ23章において八回も云っておられる。では、私たちの主が誤っておられたのではないかなどという疑念を、あえてだれがうそぶくだろうか?

 真理のために、パウロは、兄弟であるにもかかわらずペテロに面と向かって抗議し、非難した。純粋な教理がなくなってしまったとしたら、一致が何の役に立つだろうか? では、彼は誤っていたのではないかなどと、あえてだれが云うだろうか?

 真理のために、アタナシオスは世界中を向こうに回して、キリストの神性に関する純粋な教理を主張し、信仰を告白する教会の大多数との論争を繰り広げた。では、彼は誤っていたのではないかなどと、あえてだれが云うだろうか?

 真理のために、ルターは自分が生を受けた教会の一致を破り、教皇とそのすべてのやり方を糾弾し、新しい教えの土台を据えた。では、彼は誤っていたのではないかなどと、あえてだれが云うだろうか?

 真理のために、クランマーや、リドリや、ラティマーや、英国の改革者たちは、ヘンリー八世とエドワード六世に助言をし、ローマから分離させ、その結果として分裂という危険を冒した。では、彼らは誤っていたのではないかなどと、あえてだれが云うだろうか?

 真理のために、百年前のホイットフィールドやウェスレーは、当時の聖職による単なる不毛な道徳的説教を糾弾し、魂を救おうとして街道や脇道へと出て行った。自分たちの教派から放逐されることを百も承知の上でそうした。では、彼らは誤っていたのではないかなどと、あえてだれが云うだろうか?

 しかり! 真理なき平和は偽りの平和である。それは、悪魔の平和にほかならない。福音を抜きにした一致は無価値な一致である。それは、地獄の一致にほかならない。そうした平和を好意的に語る人々によって、決して陥れられないようにしよう。私たちの主イエス・キリストのことばを覚えていよう。「わたしが来たのは地に平和をもたらすためだと思ってはなりません。わたしは、平和をもたらすために来たのではなく、剣をもたらすために来たのです」(マタ10:34)。主が黙示録にある教会の1つに与えておられる賞賛を覚えていよう。「わたしは……あなたが、悪い者たちをがまんすることができず、使徒と自称しているが実はそうでない者たちをためして、その偽りを見抜いたことも知っている」(黙2:2)。主がもう1つの教会に投げかけた非難を覚えていよう。「あなたは、イゼベルという女をなすがままにさせている」(黙2:20)。私たちは決して、真理のいかなる部分をも、平和という祭壇に捧げるという罪を犯さないようにしよう。むしろ私たちは、古のユダヤ人のようになろう。彼らは、その旧約聖書の写本に一文字でも間違いを見つけた場合、神のことばの一点一画をゆるがせにする危険を冒すよりも、その写本を丸ごと焼いてしまったのである。キリストの完全な福音に達さないようなものでは満足しないようにしよう。

 いま私が規定した一般的原則を、私たちはいかにすれば実際的に役立てることができるだろうか? 私は読者に1つの単純な助言を与えたい。私の信ずるところ、これは真剣な考察に値する助言である。

 では私は、自分の魂を愛するすべての人に警告しよう。自分が定期的に聞いている説教、自分が定期的に出席している礼拝所について、執拗に警戒するがいい、と。あからさまに不健全な聖職者が務めているような教会に故意に腰を落ち着けるような人は、非常に浅はかである。この点について私は、自分の意見を吐露することを決してためらうものではない。多くの人々は、自分の教区教会を離れる人のことをけしからんと考える。それは承知の上である。私はそういう人たちの考え方に同調できない。私は、欠けのある教えと、徹底的に偽りの教えとの間に大きな区別をしている。----消極的な面で間違っている教えと、積極的に非聖書的な教えとを大きく区別している。しかし私の確かに信ずるところ、もしある教区教会で偽りの教えが取り違えようもないしかたで説教されているとしたら、自分の魂を愛する教区民がその教区教会に行くのをやめるのは、きわめて正当なことである。非聖書的な教えを毎年52回も日曜日ごとに聞くのは深刻なことである。それは、効き目の遅い毒を、絶えず精神に一滴ずつ垂らしていくことにほかならない。人が故意にそのような立場に自分の身を置いていながら何の害も受けないなどということは、ほとんど不可能であると思う。私が新約聖書の中に見るところ、私たちは明白に、「すべてのことを見分けて、ほんとうに良いものを堅く守りなさい」、と告げられている(Iテサ5:21)。私が箴言の中に見るところ、「訓戒を聞くのをやめてみよ。そうすれば、知識のことばから迷い出る」、と教えられている(箴19:27)。もしこうした言葉が、積極的に偽りの教えが説教されている教会で礼拝するのをやめる人を正当化しないとしたら、いかなる言葉がそうできるのか私にはわからない。

 教区教会に出席することは、英国人が救われるために絶対に必要である、などと云おうとする人がだれかいるだろうか*2? もしそのような人がいるなら、はっきり口に出してそう云い、名乗りを上げるがいい。----教区教会に通っていさえすれば、たとえ未回心のまま、キリストについて無知なまま死んだとしても、人の魂は救われる、などと云おうとする人がだれかいるだろうか? もしそのような人がいるなら、はっきり口に出してそう云い、名乗りを上げるがいい。----人は教区教会に行くだけで、キリストについて、回心について、信仰について、悔い改めについて何かしら教えられることがあるのだ、それも、たとえこうした主題がその教区教会でほとんど口にされることがなく、決してしかるべく説明されることがないとしてもそうなのだ、などと云おうとする人がだれかいるだろうか? もしそのような人がいるなら、はっきり口に出してそう云い、名乗りを上げるがいい。----人は悔い改めて、キリストを信じて、回心して、聖い者となったとしても、もしそれが自分の教区教会を捨てて、それ以外の場所で学んだ結果だったとしたら、その魂は滅びに至る、などと云おうとする人がだれかいるだろうか? もしそのような人がいるなら、はっきり口に出してそう云い、名乗りを上げるがいい。----私としては、そのように奇怪で無茶苦茶な考え方をおぞましく思う。そうした考え方の根拠など、神のことばに片言隻句も見あたらない。このようなことを故意に主張している人々の数はごく僅かであると信じたい。

 英国の少なからぬ教区においては、ローマカトリック教に毛が生えた程度のキリスト教信仰しか教えられていない。そうした教区の平信徒たちは、じっと座ったまま、がまんして、そうした教えをおとなしく受け取っているべきだろうか? そうするべきではない。なぜか。聖パウロのように彼らは、平和よりは真理の方を選び取るべきだからである。

 英国の少なからぬ教区においては、道徳に毛が生えた程度のキリスト教信仰しか教えられていない。キリスト教独特の諸教理は決して明確に告げ知らされることがない。プラトンであれ、セネカであれ、孔子であれ、ソッツィーニであれ、それと同程度のことは教えることができるであろう。そうした教区の平信徒たちは、じっと座ったまま、がまんして、そうした教えをおとなしく受け取っているべきだろうか? そうするべきではない。なぜか。聖パウロのように彼らは、平和よりは真理の方を選び取るべきだからである。

 私はいま激しい言葉遣いで、私の主題のこの部分を扱っている。それは承知している。----私は微妙な問題に近づきつつある。それは承知している。----私は普通は放っておかれ、見て見ぬふりをされる問題を扱っている。それは承知している。----私がいま語っているようなことを云うのは、教役者として自分が仕えている教会に対する義務感からである。私の信ずるところ、時代の情勢からしても、英国の一部の地域における平信徒の状態からしても、求められているのは歯に衣を着せない発言である。多くの教区で魂は、無知のまま滅びつつある。英国国教会の誠実な教会員たちは、多くの地方で、愛想を尽かし、困惑している。現在は、物柔らかな口のきき方をしている時ではない。私は、「教区制、秩序、分裂、分派、一致、論争」といった魔術的な表現を知らないわけではない。これらが一部の人々の精神を金縛りにし、口をつぐませる影響力を及ぼすかに思えることは承知している。私もまた、こうした表現について平静に、また入念に考察をしてきたものであり、その1つ1つについて自分の意見を開陳するにやぶさかではない。

 (a) 英国の教区制は、理論的には賛嘆すべきものである。もしそれがよい奉仕者を得て、真に霊的な教役者によって営まれさえするなら、それはわが国に最大の祝福をもたらすようにできている。しかし、その教区の教役者が福音について無知であったり、この世を愛していたりするとき、教区教会に愛着を持てという方に無理がある。このような場合、人々が自分の教区教会を捨てて、いずこであれ真理が見いだされる場所で真理を求めることになるとしても、決して驚いてはならない。もし教区の教役者が福音を説教せず、福音を生きていないとしたら、彼が自分の教区民に注意を要求する条件は実質上、踏みにじられているのであり、自分の云うことを聞くように求める彼の権利は差し押さえられているのである。一家の長が自分の魂のみならず、自分の子どもたちの魂をも、「教区制の秩序」のために危険にさらすなどと期待するのはばかげている。聖書では教区のことなど全く言及されていないし、私たちは人々に、無知の中で生き、無知の中で死ぬよう要求する権利などない。そのことによって彼らが最後には、「私は常に自分の教区教会に出席していました」、と云えるとしても、何になるだろうか。

 (b) 分裂と分離は、キリスト教信仰において最もあるまじきことである。それらは真のキリスト教の伸展を弱めるし、あらゆる敬虔の敵たちに冒涜のきっかけを与えることになる。しかし私たちは、分裂だ、分派だ、と云って人々を責める前に、その責めを本当に非難に値するところに向けるよう注意を払わなくてはならない。偽りの教えや異端は、分派よりも悪い。もし人々が、何か積極的に偽りで非聖書的な教えから分離するとしたら、叱責されるよりもむしろほめられるべきである。こうした場合の分離は美徳であって、罪ではない。人々の「耳癖の悪さ」や「興奮への愛好」について、せせら笑うような言葉を語るのは簡単である。だが、聖書を平易に読んでいる人に向かって、ちょっと努力しさえすれば真理を聞けるというのに、毎日曜ごとに偽りの教えを聞くことこそその人の義務であると確信させるのは容易なことではない。この古い言葉は決して忘れられてはならない。「分派の原因となる者こそ、分派の罪を着せられるべきである」。

 (c) 信仰を告白するキリスト者の間における一致と、平穏と、秩序は大きな祝福である。それらによって、キリストの御国は力強く、美しく、めきめきと伸展していく。しかし、黄金に対してすら、高すぎる値をつけることはありえる。真理を犠牲にしてまでかちとられた一致には何の価値もない。それは神を喜ばせる一致ではない。ローマ教会は声高に一致について自慢しているが、そうした一致は一致の名に値しないものである。それは人々から聖書を取り上げることによって得られた一致、個々人の判断を抑圧し、無知を奨励し、自分の頭で考えることを人々に禁ずることによって得られた一致である。古の、皆殺しをして回った戦士たちと同じく、ローマ教会は「寂漠たる荒野を作り出しておいて、それを平和と呼ぶ」のである。墓の中には静寂や静謐がふんだんにあるが、それは健康的な静かさではなく、死の静寂である。平安がありもしないのに、「平安だ」、と叫ぶのはにせ預言者であった。

 (d) キリスト教信仰における論争は憎むべきものである。悪魔と世と肉と戦うだけで手一杯な者たちが、自陣営で私的な仲違いをしている暇などないはずである。しかし、その論争よりも悪いものが1つある。それは偽りの教えを大目に見、何の抗議も妨害もしないまま見逃し、野放しにしておくことである。論争によってこそ、プロテスタント宗教改革の戦いは勝ち取られた。もしも一部の人々がいだいているような見解が正しいとするなら、明らかにいかなる宗教改革もあってはならなかったことになる! 平和のためとあらば、私たちは今日に至るまで、処女マリヤを礼拝し続け、聖像や聖遺物に拝礼し続けているべきだったであろう! そのようなたわごとはふり捨てるがいい! 時代によっては、論争は単に義務であるばかりか、恩恵となることがある。私は耳を聾するような雷雨の方が、伝染性のマラリヤよりもはるかにましだと思う。一方のものは暗やみに歩き回り、ひそかに毒を植えつけ、決して私たちは無事ではいられない。もう一方のものはしばらくの間は人を震え上がらせ、恐怖に陥れる。しかし、それはすぐに過ぎ去り、大気を晴朗にする。聖書の命ずる明らかな義務は、「聖徒にひとたび伝えられた信仰のために戦う」ことにある(ユダ3)。

 ここまで私が述べてきたことが、多くの人々の思いにとって、途方もなく不愉快なものであることは百も承知している。私の信ずるところ、多くの人々は、真理の全体でないような教えで満足しており、それでも最終的には「同じことだ」、と思い込んでいる。そうした人は気の毒である。私の確信するところ、一般原則としては、真理の全体のほか何をもってしても、魂に益を施すことはない。私の得心するところ、真理の全体に達さないようなものを故意にがまんしている人々は、最終的には自分の魂が多大な害悪を受けてきたことに気づくであろう。人間が軽々しくもて遊んではならない3つのことがある。----それは、少量の毒と、少量の偽りの教えと、少量の罪にほかならない。

 私がいま打ち出したような意見をだれかが表明するとき、多くの人々が、「そんなやつは国教徒ではない」、と勢い込んで云うだろうことは百も承知である。だが、そんな非難に私はびくともしない。最後の審判の日には、だれが英国国教会の真の友であり、だれがそうでなかったかが明らかになるであろう。私が過去32年の間に学んだことだが、もしもある教職者が平穏な生活を送り、世間の未回心の人々を放っておき、毒にも薬にもならないようなことしか説教しない場合、その人は多くの人々から「良い国教徒だ」と呼ばれるものである。また、やはり私が学んできたことだが、もしもだれかが国教会の《信仰箇条》や《公定説教集》を研究し、絶えず魂の回心のために労苦し、宗教改革の大原則を一心に厳守し、ローマカトリック教に反する証言を忠実に続け、かつてジューエルやラティマーが説教するのを常としていたように説教する場合、その人はおそらく、煽動者だの、「イスラエルを煩わすもの」だのと思われ、そんな奴は国教徒ではない、と呼ばれるのである! しかし私の目には明らかなことだが、最良の国教徒とは、最も声高に国教徒精神について云い立てる人々ではない。思い出されるのは、だれにもまして大声で、「謀反だ」、と叫び立てたのはアタルヤだった、ということである(II列11:14)。だが彼女は自らが謀反人にほかならなかった。私がこの目で見てきたように、かつては国教徒精神についてだれよりも云い立てていた人々の多くは、結局のところ英国国教会を捨てて、ローマカトリック教に改宗したのである。人々が何と云おうと好きに云わせておくがいい。英国国教会の最も真実な友人とは、真理を保持するために最も労する人々である

 私はこうした事がらをこの論考を読む方々の前に提示し、これらに真剣な注意を払ってほしいと願うものである。読者は決して忘れてはならない。教会にとって、真理は平和よりもはるかに重要なものである、と。私は読者に願いたい。もしも必要とあらば、私が規定した原則をいつでも実行に移し、真理のため熱心に戦う覚悟をしていてほしい、と。もし私たちがそのようなするならば、私たちはアンテオケにおける事件から何事かは学んだことになるであろう。

 III. しかし私はアンテオケの事件から学べる第三の教訓に話を進めよう。その教訓とは、私たちが何にもまして執拗に守るべき教理は、律法の行ないによらない信仰による義認である、ということである。

 この教訓の証明は、この論考の冒頭に関された聖書箇所において、ありありと突出している。アンテオケで使徒ペテロが否定した信仰箇条が1つでもあっただろうか? 何1つない。----彼が公然と偽りであると説教したような教理が何かあっただろうか? 何もない。----では、彼は何をしたのか? 彼はこのことをしたのである。いったん彼は、信仰を持った異邦人たちを、「福音により、キリスト・イエスにあって、共同の相続者となり、ともに約束にあずかる者」*となった人々(エペ3:6)として交際していたが、その後、突如として彼らから遠ざかり、身を引いた。あたかも彼は、異邦人たちが、割礼を受けたユダヤ人たちよりも聖くない者、神に受け入れられる資格において劣った者であると考えたかのように見えた。信仰を持った異邦人たちが、モーセ律法の諸儀式を守ってきた者たちよりも、一段劣る立場にあると言外に述べているかのように見えた。一言で云えば彼は、人がイエス・キリストの恩恵にあずかるために必要なものとしての単純な信仰に、何かをつけ加えたかのように見えたのである。あたかも彼は、「救われるためには、何をしなければなりませんか」、という問いに対して、ただ単に、「主イエスを信じなさい」、と答えるだけでなく、「主イエスを信じなさい。そして割礼を受けなさい。また律法の種々の儀式を守りなさい」、と答えているかのように見えた。

 このようなふるまいに、使徒パウロは一瞬たりともがまんがならなかった。キリストの福音に何かをつけ足すという考えほど彼を動揺させるものはなかった。彼は云う。「彼に……私は面と向かって抗議しました」。彼は単にペテロを叱責しただけでなく、御霊の霊感によってガラテヤ人への手紙を書いたとき、そのすべてのやりとりを余すところなく書き記した。

 私は、この点に格別な注意を払ってほしいと思う。ここで使徒パウロが、いかにこの教理について、尋常ならざる、執拗な警戒心を見せているかに注目してほしいと思う。そして、いかなる点が、これほどの物議をかもしたのか考えてほしいと思う。私たちはこの聖書箇所において、律法の行ないによらない信仰による義認が、いかに途方もなく重要なものであるかに注意しよう。ここで私たちが学びたいのは、英国国教会の改革者たちが、私たちの第十一信仰箇条においてこれを、「最も健全な教理であり、非常な慰めに満ちている」と呼ぶべき、いかに大きな理由があったか、ということである。

 (a) この教理は、私たち自身の個人的な慰めにとって本質的に必要なものである。地上のいかなる人も、神の真の子どもとなり、救われた魂となる前には、キリスト・イエスに対する信仰による救いを見てとり、受け入れなくてはならない。いかなる人も、堅固な平安と真の確証を得たければ、心の底から、この教理を信じて受け入れなくてはならない。すなわち、「私たちが神の御前で義とみなされるのは、信仰によって受けとる、私たちの主イエス・キリストの功績のみによってであって、私たち自身の行ないや功労によってではない」、と。私の信ずるところ、今日なぜこれほど多くの信仰告白者たちが、吹き回されたりもてあそばれたりして、ほとんど慰めを味わうことがなく、ほとんど平安を感ずることがないのかという1つの理由は、この点における彼らの無知にある。彼らは律法の行ないによらない信仰による義認を明確に見てとっていないのである。

 (b) この教理は、かの魂の仇敵が憎んでやまず、打ち滅ぼそうと力を尽くしているものである。彼は、使徒たちの時代、最初に福音が始まったときにこれが世界をひっくり返したことを知っている。宗教改革の時代にも、再び世界をひっくり返したことを知っている。それゆえ彼は、常に人々をそそのかして、これを拒絶させようとしている。彼は常に、教会や教役者たちをたぶらかして、この教理の正しさを否定させたり、ぼやけさせたりしようとしている。トリエント公会議が、その主たる攻撃をこの教理に向けたのも、これを呪わるべき、異端的教えであると糾弾したのも不思議ではない。近時、学識者であると自認する多くの人々が、この教理を神学的にわけのわからない言葉であると糾弾し、「熱心な思いをした人」であればだれであれ、信仰を持っていようがいまいがキリストによって義と認められるのだ、と云っているのも不思議ではない! あからさまな真実を云うと、この教理は、覚醒させられていない魂が蛇蝎のごとく忌み嫌うものにほかならないのである。これは、覚醒させられた魂の必要だけしか満たさない。しかし、高慢で、へりくだらされていない人、自分自身の罪がわからないという人、自分自身の弱さを見てとれない人は、この教理の正しさを受け入れられないのである。

 (c) この教理は、それを欠いているという理由で、ローマカトリック教会の大半の過誤に説明がつくものである。ローマカトリック教の非聖書的な教理の半分は、その大本を辿ってみれば、信仰による義認の否認へと行き着くであろう。いかなるローマカトリック教の教師も、自分の教会に忠実であろうとするなら、心悩む罪人に対して、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも救われます」、と云うことはできない。この良き知らせを完全にだいなしにしてしまうようなつけ足しや、解説をしないでは、そうすることができない。彼が福音の薬を与えようとしても、その薬効をだいなしにし、その効力を中和するような何かを添加せずにそうすることはできない。煉獄や、悔悛の秘跡や、司祭による赦罪や、諸聖人によるとりなしや、処女マリヤ礼拝その他の人間が作り出したカトリック教の典礼はみな、この源泉から生じている。それらはみな、倦み疲れた良心を支えられない、腐ったつっかい棒である。しかしそれらは、信仰による義認を否定することから必要になっているのである。

 (d) この教理は、教役者がその会衆に対して有益な働きをするためには絶対に欠かせないものである。この点を不明瞭にしておくと、すべてが駄目になってしまう。義認について明確に言明しなければ、いかに熱心をふりしぼっても善を施すことはできない。ある教役者の説教には、耳障りのよい、素敵なものがたくさんあるかもしれない。キリストと、礼典によるキリストとの結合とについて大いに語られているかもしれない。----謙遜について大いに語られ----愛について大いに語られているかもしれない。しかしこれらはみな、もしもその人のラッパが、律法の行ないによらない信仰による義認についてはっきりしない音を出しているとしたら、ほとんど何の益にもならない。

 (e) この教理は、教会が力強く成長するためには絶対に欠かせないものである。いかなる教会も、本当に健全な状態になるには、まず間違いなく、この教理が突出して前面に押し出されていなくてはならない。ある教会には申し分のない形式や、正式に叙任された教役者がいて、しかるべき礼典が執行されているかもしれないが、この教理が平易に説教されていない教会では、その講壇のもとで全く魂の回心を見ることがないであろう。その運営する学校は、あらゆる教区に見いだされるかもしれない。その教会用の建物は、国内各地で人々の前に威容を示しているかもしれない。しかし、信仰による義認がその講壇から告げ知らされていない限り、その教会に神からの祝福は全くないであろう。遅かれ早かれその燭台は取り去られるであろう。

 なぜアフリカや東方の諸教会は現在のような状態に転落してしまったのだろうか?----そこには監督がいなかったのだろうか? そのようなことはない。----そこには形式や典礼式文がなかったのだろうか? そのようなことはない。----そこには宗教会議や教会会議がなかったのだろうか? そのようなことはない。----しかし、そうした教会は信仰による義認という教理を打ち捨ててしまった。この大いなる真理を見失ってしまった。それで転落してしまったのである。

 なぜ私たちの教会は前世紀にあれほど僅かなことしか行なわず、なぜ独立派やメソジストやバプテストはあれほど多くのことを行なったのだろうか? ----彼らの制度が私たちの制度よりもすぐれていたからだろうか? 否。----私たちの教会が失われた魂の求めにそれほどよく順応していなかったからだろうか? 否。----しかし、彼らの教役者たちは信仰による義認を説教したが、私たちの教役者たちは、あまりにも多くの場合、その教理を全く説教しなかったのである。

 なぜ英国ではこれほど多くの人々が現在、非国教派の会堂に行くのだろうか? なぜ私たちはこれほどしばしば、見事なゴシック様式の教区教会が礼拝者も来ないまま七月の納屋のように空っぽな姿をさらしているかたわらで、ちっぽけで、地味な、集会堂と呼ばれる煉瓦造りの建物が、息苦しくなるほど満員になっている姿を目にしているのだろうか? それは人々が一般に、監督政や祈祷書や白法衣や国立教会に対する何か観念的な嫌悪をいだいているからだろうか? 断然そうではない! その単純な理由は、圧倒的多数の場合に人々は、信仰による義認が完全に告げ知らされていないような説教を好まないためにほかならない。彼らは、教区教会でそれが聞けなければ、それ以外の場所でそれを求めるものである。疑いもなく例外はある。疑いもなく教会によっては、長年にわたって無視されたあげくに人々が完全に英国国教会に愛想を尽かして、その教役者たちから真理を聞こうともしなくなることもあるであろう。しかし、私の信ずるところ、一般論としては、教区教会が空っぽで集会堂が満杯である場合、それこそ、何か原因があるといって調べられるときに見いだされることであろう。

 もしこうした事がらがその通りだとするなら、使徒パウロには、この真理について執拗に警戒し、面と向かってペテロに抗議しただけの理由はあったのである。彼は、キリストの教会において義認の教理を危険にさらすくらいなら、いかなるものも犠牲にすべきだと主張するだけの理由があったのである。彼は預言的な目によって来たるべき事がらを見ていた。彼が私たちに残したのは、まさに私たちが従って損はない模範にほかならない。私たちは何を大目に見ようと、このほむべき教理に対して危害が加えられることだけは決して許さないようにしよう。----私たちは律法の行ないによらず信仰によって義と認められる、という教理だけは守り抜こう。

 いついかなるときにも、直接的にであれ間接的にであれ、信仰による義認をあいまいにするような、いかなる教えにも用心しよう。いかなる信仰体系であれ、重荷を負った罪人と救い主イエス・キリストとの間に、単純な信仰以外の何かを置くようなものは危険であり、非聖書的なものである。いかなる体系であれ、私たちの信仰を込み入ったものにするもの、単純で、子どものような依頼心----魂の薬を医師から受けとる手----以外の何かにしてしまうものは、信頼できない有毒な体系である。いかなる体系であれ、ローマの権力を打ち砕いた単純なプロテスタントの教理に不名誉をもたらすようなものは、悪疫発疹の浮き出た、魂にとって危険きわまりないものである。

 バプテスマはキリストご自身によって定められた礼典であり、信仰を告白するすべてのキリスト者によって畏敬と敬意をもって用いられるべきである。正しく、しかるべく、信仰をもって用いられるとき、それは魂に大きな祝福をもたらす器となりうる。しかし、バプテスマを受けたすべての者は、理の当然として新しく生まれているとか、バプテスマを受けたすべての人々は、「神の子どもたち」として語りかけられるべきであるなどと教えられるとき、私の信ずるところ、人々の魂はたいへんな危険に陥っている。バプテスマに関するそのような教えは、信仰による義認の教理を覆してしまうように見受けられる。神の子どもたちといえるのは、唯一、キリスト・イエスに対する信仰を有する人々だけである。そして、すべての人々に信仰があるわけではない。

 主の晩餐はキリストご自身によって定められた礼典であり、真の信仰者たちの徳を立て上げ、彼らを力づけるためのものである。しかし、信仰を持っていようがいまいが、すべての人が聖卓の前に出てくるべきであるとか、そのパンと葡萄酒を受け取る者はみな等しく、キリストのからだと血を受けるのだなどと教えられるとき、私の信ずるところ、人々の魂はたいへんな危険に陥っている。そのような教えは、信仰による義認の教理を不明瞭にしてしまうように見受けられる。キリストのからだを食べ、キリストの血を飲むことができるのは、義と認められた人だけである。そして、いかなる人も、信じるまでは義と認められることはない。

 英国国教会の会員であることは大きな特権である。私の意見では、目に見えるいかなる地上の教会も、正しく営まれるとき、これほど多くの益をその会員に差し出すものはない。しかし、人々が国教会の会員だからといって理の当然としてキリストの肢体であるなどと教えられるとき、私の信ずるところ、人々の魂はたいへんな危険に陥っている。そのような教えは、信仰による義認の教理を覆してしまうように見受けられる。キリストに結び合わされているのは、信じている人々だけである。そして、すべての人々に信仰があるわけではない。

 私たちは、信仰による義認を覆い隠したり、否認したりするような教えを聞くときは常に、そこにはどこか、たがが緩んでいるところがあると確信してよい。そうした教えには用心し、警戒すべきである。人は、いったん義認について誤りに陥るならば、自分のキリスト教信仰における慰めや、平安や、生きた望みや、確証と思える何物にも、長い別れを告げることになるであろう。ここで過ちを犯すことは、根幹に虫を食らいつかせることである。

 (1) 結論として、まず第一に、この論考を読んでいるあらゆる人に願いたいのは、書かれた神のことばの知識によって武装する、ということである。そうしない限り私たちは、いかなる偽りの教師によっても意のままにされてしまう。私たちは、過ちに陥ったペテロのような人物の間違いを見抜くことができないであろう。パウロのような勇敢な人物の忠実さに見習うことができないであろう。無知な平信徒は、常に教会の悩みの種となるものである。聖書を読んでいる平信徒は、教会を破滅から救い出すことができよう。私たちは聖書を規則正しく、毎日、熱心な祈りとともに読むようにしよう。聖書に書かれていないこと、聖書によって証明できないようなことは、決して受け入れず、決して信じず、決して従わないようにしよう。私たちの信仰の基準と、あらゆる教えの試金石が、書かれた神のことばであるようにしよう。

 (2) 第二のこととして、英国国教会のあらゆる会員に勧めたいのは、自分の教会の三十九信仰箇条に精通するようになる、ということである。この信仰箇条は、ほとんどの祈祷書の巻末に記載されているはずである。これらを注意深く読むならば、非常に大きな報いが得られるであろう。これらこそ、聖書に次いで、真の国教徒の態度がはかられるべき真の基準である。これらこそ、国教徒が自分たちの教役者の教えを「教会の教え」かそうでないか知りたい場合に、はかるべき尺度である。私は、英国国教会の礼拝に出席している多くの人々の間に、体系的なキリスト教に関する無知がはびこっていることを深く嘆くものである。もしもアッシャー大主教の『神学要論』のような書物が、今よりももっとよく知られ、学ばれるならばどんなによいことか。もしノウエル聖堂参事会長の信仰問答が、英国国教会の儀式書として正式に認定されていたとしたなら、過去二十年間に生じた異端の多くは一日たりとも生き延びられなかったに違いない*3。しかし、不幸なことに多くの人々は、自分の教派の真の諸教理について、実は異教徒かイスラム教徒並みの知識しか持ち合わせていない。英国国教会の平信徒が真の教理を守るため熱心になるには、彼らが、自分たちの教会の定義する真の教理を知るしかない。

 (3) 次のこととして、この論考を読んでいるすべての人に願いたいのは、必要とあらば、常に、キリストに対する信仰のために戦う覚悟をしておく、ということである。私はいかなる人にも、論争癖を身につけてほしいとは思わない。いかなる人にもゴリアテのように、あたりをうろつき回り、「ひとりをよこせ。勝負をしよう」、と云うような者になってほしくはない。論争だけを生きがいにするような生活は、実に貧困な生き方である。それは骨を食べて生きるようなものである。しかし私が云いたいのは、偽りの平和を愛する思いによって、決して私たちは、偽りの教えと執拗に戦うことを妨げられたり、自分にできる範囲で真の教理を押し進めようとすることを妨げられたりするべきではない、ということである。講壇で真の福音が説かれ、自分の支援するあらゆるキリスト教団体で真の福音が説かれ、自分の読む書物に真の福音が記され、自分のつき合う友人たちが真の福音を信ずること、----これを私たちの目当てとしよう。そして、決して人々に、それが私たちの目当てであると悟られるのを恥じないようにしよう。

 (4) 次のこととして、この論考を読んでいるすべての人々に、私が切に願いたいのは、この論争にあけくれる時代にあって、自分自身の心を執拗に見張り続ける、ということである。こうした注意は大いに必要とされている。戦いの最中にあるとき、私たちは自分自身の内なる人のことをたやすく忘れてしまう。議論に勝つことは、必ずしも世に勝つことや、悪魔に勝つこととは限らない。私たちは、叱責を受け入れた際の聖ペテロの柔和さを、叱責を与えた聖パウロの大胆さと同じくらい自分の模範としよう。幸いなのは、真心こめて自分を非難してくれた相手を、「愛する兄弟」と呼ぶことのできるキリスト者である(IIペテ3:15)。私たちは、いかなる種類の行動においても、努めて聖くなるようにしよう。特に、腹立ちを覚えるような場合にそうしよう。私たちは、御父および御子との途切れることのない交わりを保つように努力し、密室の祈りと個人で聖書を読むことを習慣として守り抜こう。このようにするとき私たちは、人生の戦闘に対する武装ができ、いつ誘惑の時が訪れても、研ぎすまされた御霊の剣を手にしていることができるであろう。

 (5) 最後のこととして、真に祈るとはどういうことかを知っている、すべての英国国教会の会員に私は切に願う。自分の属する教会のために日々祈ってほしい。私たちは、この教会の上に聖霊が注がれ、その燭台が取り去られないように祈っていよう。いま福音が説教されていない諸処の教区のために祈りを捧げよう。その暗闇が過ぎ去り、真の光がそこで輝くように祈りを捧げよう。今は真理を知りも説教しもしていない教役者たちのために、神がその顔からおおいを取り除き、彼らにさらにまさる道を示してくださるように祈りを捧げよう。何事も不可能ではない。使徒パウロは、かつては迫害心に燃えるパリサイ人であった。ルターは、かつては暗愚な修道士であった。ラティマーは、かつては頑迷なローマカトリック教徒であった。トマス・スコットは、かつては福音的な真理に徹底的に反対していた。もう一度云うが、何事も不可能ではない。御霊は、今は福音を滅ぼそうと力を尽くしている教職者たちに、その福音を宣べ伝えさせることがおできになる。それゆえ私たちは、祈りに励もうではないか。

 私は、この論考に含まれている問題に真剣な注意を払うように勧めるものである。私たちはこうした事がらを心の中でよくよく思い巡らすようにしよう。それを自分の日々の生活の中で実践するようにしよう。そのようにするとき私たちは、アンテオケにおける聖ペテロの物語から何事かを学んだことになるのである。

教役者は無謬ならず[了]

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*1 この論考の冒頭に冠した節の平易な意味を別に説明しようとして一部の著述家は、珍妙な小細工を弄している。ある者の主張するところ、パウロはペテロを本気で叱責したのではなく、うわべだけ、見せかけか体裁のためにそうしたのだという! 他の人々の主張によると、叱責されたのは使徒ペテロではなく、かの七十人のひとりだった、もうひとりのペテロだという! このような解釈に多言は不要である。これらは、まともに受け取れないばかげたものである。真実を云えば、これらの節の平易で率直な意味は、ローマカトリック教の愛好する教理----使徒たちの残り全員に対するペテロの首位性と優位性という教理----に一大打撃を加えている、ということである。[本文に戻る]

*2 (発行者注)以下の数ページでは、英国国教会に直接関係する事項についての言及がなされている。しかしながら、ライルが説いている原則は、非国教徒にとっても有益な適用となりえる。すなわち、教派的な忠節は、決して真理に対する忠節の上に立ってはならない、ということである。[本文に戻る]

*3 ノウエル聖堂参事会長は、1562年に、三十九信仰箇条を現在私たちが知るような形式に作成した聖職者会議の議長であった。彼の信仰問答は聖職者会議によって承認された。[本文に戻る]

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