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まえがき

 

 読者の方が本誌の本号を手に取るとき、編集子は、望むらくは、海面からはるかに高く、そこここで驚くほどに曲がりくねった断崖沿いの道路を旅していたいと願っている。見下ろせば、息をのむような眺望である。この一年の間、私たちはしばしば、他の人々が選び取った岩だらけの小道を、真理の王道から見下ろしてきた。私たちはその小道が人を破滅に至らせるのではないかと恐れるものである。それを見下ろす私たち自身、いやというほどの下り勾配を味わってきている。偽りの教理がいかに大きな破壊をなしつつあるかは、いかなる口にも云い表わせない。確かに《新神学》は、神にも人にも何の益ももたらさないに決まっている。そこには、それを行なうのに適したものが何1つない。たといそれが一千年の長きにわたり、その学派の最も熱心な人々全員によって宣べ伝えられたとしても、それは決して一個の魂をも新しくすることがなく、ただひとりの人間の心の高慢をも征服することがないであろう。私たちは、底知れぬ過誤の深みをのぞき込むとき、その危険な転落を思ってほとんど目眩がする。だが、天来の恵みによって私たちが堅くとどまりたいと希望する福音の路は、安全で、幸福な道である。おゝ、願わくは、すべての人がそれを辿るようになるように! おゝ、願わくは、その一途さゆえに、かくも自らに多大な誹謗を招きつつある私たちの熱心な懇願によって、諸教会を古き良き道へと呼び戻すことができるように!

 本巻に収められた論考の多くは、それらを特別に有益であると考える友人たちがいるために再録されている。また、それ以上に多くの記事が、他の諸雑誌に転載されてきている。そうした無断転載を、私たちは賛辞として受け入れるものである。たとい粗忽にも『剣とこて』の名が書き落とされている場合でさえ、それは変わらない。しかし、それはそれとして、無断で借用した記事については、できるだけ明確にその事実を認めるべきであり、そうした記事の最初の掲載紙にこそ、その敬意が払われるべきである。米国では、ありとあらゆる種類の新聞や雑誌上に、本誌の内容が見受けられる。このため私たちは、私たちの購読者たちが不当に扱われているのではないかと考えるものである。

 私たちの友人や助力者たちの一隊は、過去数箇月のうちに、死去による深刻な減少をこうむった。わが軍の空隙は大きく、広い。私たちは真剣に祈るものである。故郷に帰った人々の占めていた位置に、他の人々が移動してきて、その穴を埋めてくれるように、と。もちろん、私たちの断固たる忠実さは、何人かの友人たちを遠ざけてしまったかもしれない。だが、それは、それを補ってあまりある多くの友人たちを引き寄せてきたことと確信している。とりあえずは、何事もたるんできてはいない。《孤児院》と、その五百人の子どもたちは、常にその食卓を満たされている。《牧師学校》は、聖徒にひとたび伝えられた信仰を宣べ伝える人々を教育し続けている。《伝道者》たちは各地を行き巡りつつあり、神は彼らを地を潤す雲のようにしておられる。《信仰書籍行商人》たちは、変わりなく堅実に、その労苦を果たしつつある。そして、スポルジョン夫人の《書籍基金》は、貧窮する教役者たちの数千本もの書棚に、蔵書を供給している。相当な部分において、こうした働きが支えられているのは、毎週刊行される説教集や『剣とこて』を読んでいる友人たちの寛大さによるものである。彼らの愛に満ちた助けのゆえに私たちは、彼らすべてに対して心から、大きな感謝をささげたい。また、もし彼らが友人たちを勧誘し、私たちの購読者数を増やしてくれるとしたら、私たちは大いに助けられるはずである。それを1月から始めていただきたいと思う。

 今年も、剣とこての双方が、私たちの力の限りに用いられてきた。私たちは都の城壁を築き上げてきたし、《王》の敵どもを打ち砕こうと努めてきた。それに対して、私たちはいかなる助けができるだろうか? 忠実な兵士であればだれしも、自分の《主》の戦列が、裏切り者たちによってこれほどひどい目に遭わされていることを見れば、がまんができないはずである。《下り勾配》を巡る争闘からも、何事かが生まれるであろう。それと関連して主は、主の敵対者らが夢にも思っていないようなご計画を有しておられる。その間、主イエスとその福音を愛するすべての者がしなくてはならないのは、ともに寄り添って、致命的な過誤に対する共同の戦線を作ることである。主にあって思いを1つにしている人々は、おびただしい数にのぼる。では、そうした者らは、分派のあらゆる境界線を乗り越えて、キリストにある自分たちの一致を、祈りと行動との双方において示すようにするがいい。特に私たちが伏して願うのは、キリスト・イエスにあって忠実なすべての人々の熱心な祈りである。

 もし私たちの読者の方々が、これまで私たちを価値あるものとみなしてこられたとしたら、私たちは、これまで多年にわたり受けてきたのと変わらぬ、愛に満ちた、実際的な同情心をも、やはり乞い願いたいと思う。私たちと、多くの読者の方々との関係は、いのちそのものよりも長く続くはずのものである。私たちの友人である方々は、これまで非常な思いやりをもって私たちを愛してきてくれた。人間的な同情心という杯によって、私たちの神は、私たちに天的な慰めを飲ませてくださった。願わくは主が、私たちの忠実な助力者たちに報いを与え、かの日にはあわれみを賜ってくださるように!

かく祈りつつ、読者の方々に喜んで仕えるしもべ

C・H・スポルジョン

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