"The King of the Jews"

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「ユダヤ人の王」

NO. 3123

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1908年12月17日、木曜日発行の説教

説教者：C・H・スポルジョン
於ニューイントン、メトロポリタン・タバナクル
1874年12月6日、主日夜

「ピラトは罪状書きも書いて、十字架の上に掲げた。それには『ユダヤ人の王ナザレ人イエス。』と書いてあった」。――ヨハ19:19

　ある者が十字架によって死刑に処される場合、その十字架のどこか見えるところに、その罪状を貼りつけておくことは、ローマ人たちの普通の慣習であった。彼の名前と肩書きが示され、彼が告発されている罪名が記された。そうすることで、あらゆる通行人は、彼がこれほど不名誉な死に至らされた理由を読むことができた。それゆえ、そむいた人たちとともに数えられた［イザ53:12］私たちの《救い主》は、あらゆる点で、彼らと同じように扱われなくてはならなかったのである。彼らの罪名が公示された以上、主も、その罪名を人々の子らの間で公示されなくてはならなかった。このへりくだりは、何と驚くべきものであったことか。永遠にほむべき、《いと高き方》の御子として、全天からあがめられていたお方が、木の上に吊り下げられ、ただの犯罪者ででもあるかのように、ご自分の頭上にその罪状を書きつけられたのである。

　私たちが、主のご人格の威厳と、主に浴びせられた恥辱を悟ることができれば、どんなに良いことかと思う。そうできたなら、十字架の死を忍ぶほどへりくだられた主のための悲嘆と感謝に満たされるはずである。私は願う。もしもいま私たちが、マリヤや、ヨハネや、他の弟子たちとともにその十字架の根元に立ち、しばしの間でも、あの下卑た言葉やあざけりを聞くことができれば、また、それから上を仰ぎ見て、あの悲しげな御顔と、痛めつけられたからだを眺めることができれば、そして、ヘブル語と、ギリシヤ語と、ラテン語とで、「ユダヤ人の王ナザレ人イエス」、と書かれているのを読めれば良いのに、と。マタイやルカが云うように、ピラトが、「これはユダヤ人の王」［ルカ23:38］、と書いたのは非常に尋常ならざることであった。祭司長たちがピラトに、「ユダヤ人の王、と書かないで、彼はユダヤ人の王と自称した、と書いてください」、と云ったのも全く無理はないと思う。しかし、ピラトは答えた。「私の書いたことは私が書いたのです」［ヨハ19:21-22］。天来の摂理は、常にその意思を貫き通す。誰がそこに関わろうと関係ない。神は彼らによってご自分のみこころをどう行なうべきかご存知である。神のご計画は、ご自分の御子が十字架上で死ぬとき、その無罪が公に宣告されること、また、御子が自ら云われた通りのお方、すなわち、ユダヤ人の《王》であると公式に認められることであった。主がそこで木にかけられたとき、誰が主の頭上にそのような告示文をつけることができただろうか？　ペテロなら、大胆にもそう試みようとしたかもしれないが、確実に失敗したであろう。ローマの軍団兵たちは、あらゆる処刑場を執拗に警護していたからである。ヨハネでさえ、そのような重大局面に際すれば思い切ったことをしたかもしれないとはいえ、この務めを成し遂げることはできなかったであろう。最善は、それが権威筋によってなされること、ローマ総督によってなされること、公務上の洋筆でなされること、そして、いかにねたみにかられた祭司長もあえてそれを引きずり下ろせず、いかなる嘲る者もその手を上げてその証言を墨で汚して読めなくさせられないほど確固たるものとされることであった。それは特権的な書きつけであった。なぜなら、ローマの官公吏の洋筆によって書かれたものだったからである。そしてそれは、イエスのからだが十字架に吊り下がっている限り、ローマの法の権威によりそこにとどまっていなくてはならない。見るがいい。神にいかなることがおできになるかを。神はあの優柔不断なピラトを不屈にすることができ、彼が決して行なうはずないと思われかねなかったようなことを決然と行なわせることがおできになる。おそらく彼の動機は《救い主》を嘲弄することだったろうが、事は神が望まれた通りになされた。十字架上のイエスは、ローマの権威によって「ユダヤ人の王」と宣告されて、そこに吊り下げられていたのである。

　一見すると、この事実には大して重要なものがないように見えるであろう。だが、もしあなたが今この十字架の根元に腰を下ろし、十字架につけられたあなたの主を見上げて、この書きつけをもう一度読むなら、私はそこに重要なものがあることをあなたに示せると思う。それを2つの光に照らして読んでもらいたい。第一に、人に関連してであり、第二に、イエス・キリストご自身に関連してである。

　I.　第一に、ピラトの宣言を《人に関連して》読むがいい。

　これは、いかに世が《救い主》を拒絶するものかという絵図である。《救い主》は真実に世に来ておられた。ご自分が《救い主》であると知られるように、主はイエス、すなわち、《救い主》という名前をお取りになった。ご自分が非常につつましく、心へりくだったお方であると分かるように、身をへりくだらせて、非常に身分の低い人々の間に住まわれた。それゆえ、主はナザレに住み、ナザレ人と呼ばれることを選ばれたのである。このようにして、主はイエス――《救い主》――として、また、ナザレのイエス、すなわち、誰でも近づくことのできる、へりくだった《救い主》として知られた。イエスは、人々を救うために世に来たのであり、ご自分の使命の開始に当たり、不治とみなされていた数々の病から多くの人々を救われた。盲人の目を開き、つんぼの耳をあけ、おしを喋れるようにし、らい病人をきよめ、死人をよみがえらせることまでなさった。さらに主は、多くの人々の霊的な弱さをも癒された。というのも、主は、信仰のない者に信仰を与え、その時まで罪の中に生きていた者たちに聖潔と高潔な品性をお与えになったからである。

　主は真実に《救い主》イエスであられたが、人々はどのように主を受け入れただろうか？　やって来て、御足元にひれ伏し、主の踏みしめたちりにすら口づけしただろうか？　彼らがそうしていたとしても不思議はなかったであろう。だが、彼らはそうしなかった。彼らは、喜ばしく魅了されて主を取り巻き、病人という病人が、主の着物のふさにでも触って、癒されようとしただろうか？　少数の者たちはそうした。「恵みの選びによって残された者」［ロマ11:5］たちは主を受け入れ、主はそのようにした人々、「すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった」［ヨハ1:12］。しかし、人類の大半はそうではなかった。主のうちに不思議で特異なものを認めながら、また、主のうちに何の敵意も、何の罪深い怒りも、何の高慢も、何の苦々しさもないのを見ながら、また、主のうちに無比の愛しかないのを見ながら、それでも彼らは、主に対して極悪非道な仕打ちをせずにはいられなかった。というのも、主は人生を貧困と非難の中で送り、最後には呪われた木の上で死ぬよう判決を下されたからである。この世は主を極悪人の絞首台に吊し、そうする際に、こう云ったのである。「これが《救い主》だ。ナザレ人だ。そして、これこそ、俺たちがこいつに与える仕打ちなのだ。俺たちは罪から救われたくなどない。罪を愛しているのだから。反逆から救われたくなどないし、イエス・キリストによって神との平和に導き入れられたくもない。だから、こういう目に神の《使節》を遭わせてやるのだ。こういう仕打ちを、和解と恵みの言葉を口にしながらやって来る奴に与えてやるのだ。俺たちは奴を木に吊して殺してやる。こんな奴にはいてほしくないのだ」。これは、あらゆる罪深い心が行なうことの通例にすぎない。恵みによって変えられるまで、彼らは《救い主》によって支配されようとはしない。

　「おゝ！」、とある人は云うであろう。「あなたは私に厳しすぎる告発をしていますよ」。そうだろうか？　あなたはイエスを受け入れているだろうか？　イエスを信じているだろうか？　イエスはあなたの《救い主》となっているだろうか？　そうでないとしたら、なぜだろうか？　あなたは私に、あなたが不信仰を続け、イエスを拒絶する、筋の通った理由を示せるだろうか？　私にはこう思われる。それが正しいかどうか決めるのはあなたの良心にまかせるが、不信仰の中にとどまることによって、あなたは実質的にこう云っているのである。「私は、イエス・キリストを信ずるよりも、永遠に断罪される方を好んでいます」、と。いずれにせよ、それが現時点におけるあなたの選択なのである。そして、もし人が、キリストによって救われるくらいなら地獄に落ちても良いというほど強くキリストを拒絶しようというのであれば、嘘ではない。その人の心には、もう一度キリストが地上に来られたなら、再びキリストを絞首台に吊そうとするに足るだけの、キリストに対する敵意が巣くっているのである。キリストは、この場にいる新生していない心の持ち主たちの間に来たならば、明日には吊されているであろう。左様。象牙の十字架を首飾りにし、自分の祈祷書に十字架をあしらい、自宅の壁に十字架をはめこんでいる当の人々によってそうされるであろう。彼らは、古の先輩たちがそうしたように、叫ぶであろう。「除け。除け。十字架につけろ」［ヨハ19:15］。今日に至るまで、代償の教えが説教され、贖罪の血や、ただイエスを信じることによる救いや、救いが「秘跡」にも司祭にも善行にもよらないことが説教されるとき、人々は激怒して口から泡を吹く。というのも、彼らは今もキリストを――人々の子らの唯一の《救い主》を――憎んでいるからである。

　次に私がここに見てとるのは、人間が、受肉した神を殺している姿である。「ユダヤ人の王ナザレ人イエス」。ピラトが主はメシヤであると云おうとしていたかどうかに関わりなく、いずれにせよ、ユダヤ人たちは、それがキリストの頭上につけられた文字に付された意味であると見てとった。それは、彼らのメシヤが十字架につけられたと云うも同然であったろう。それで彼らはその書きつけが変更されるよう願ったのである。だがピラトはそれを変更しようとはしなかった。さて、ユダヤ人のメシヤとは、人の肉において現われた神にほかならなかった。イザヤはこの方をインマヌエル――私たちとともにおられる神――と語らなかっただろうか？［イザ7:14］　主は、約束されたあの、古い蛇の頭を踏み砕くべき「女の子孫」［創3:15］であられた。この方についてこそ、ダビデはこう云ったのである。「主は、私の主に仰せられる。『わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていよ』」［詩110:1］。キリストはダビデの子であったが、ダビデの主でもあられた。そして、そこに主はおられる。人々の間に来ておられる。そして、神としての主は人の肉体に宿り、人々の間で暮らされた。それは素晴らしい物語である。そこで告げられているのは、いかに主がベツレヘムの飼い葉おけの中の赤子として見いだされたか、どこであの羊飼いたちは主を拝んだか、また、いかにして主が人々の間で他の人々と同じように人として成長し、ご自分の父と称された人の作業場にある大工の作業台で働かれたかということである。だが、その間ずっと、主はマリヤの《子》としての卑しいかたちのかげに覆われた神であられた。イスラエルに公然と現われる時期が来たときでさえ、主はなおも――確かに時折はその《神格》がその人間性を透かして閃くことはあったが――覆いに包まれておられた。主は、湖の怒涛がご自分と弟子たちの乗っておられた舟を呑み込もうとしたとき、湖に静まれとお命じになった。主の行なわれた数々の不思議は、万物が主に従うことを明らかに示していた。魚は深みから大群をなしてやって来ると、主が弟子たちにおろすように命じられた網の中に飛び込み、パンと魚は主の奇蹟の力によって、主と弟子たちの手の中で大量に増えた。人々は、主が人間を越えたお方であること、ご自分の主張通り本当に神の御子であられることを見てとらざるをえなかった。それでも、御父から遣わされた主が、葡萄園の小作料を取り立てに来た相手である農夫たちは、こう云った。「あれはあと取りだ。さあ、あれを殺して、あれのものになるはずの財産を手に入れようではないか」［マタ21:38］。言葉を換えると、こう云ったのである。「あれは《神-人》だ。できるものなら神に向かってしてやりたいことを、あれに向かってしてやろうではないか」。それで彼らは極悪人のように主を吊し、その頭上に札をつけたのである。それは、神ご自身に対してこう云うかのようであられた。「われわれは、これまでに聞いたことのあるいかなる人間をも越えて、お前によく似た《者》に対して、また、お前と1つであると云っている《者》に対して、こうしてやるのだ」、と。おゝ、方々。この邪悪な世界がこれまでに行なったことの中でも、何にもまして邪悪なことは、この時それが明らかに示したことである。あらゆる罪の精髄は神への敵意である。そして、何らかの罪を分析すれば、その本質は、常にこのことにあると分かるであろう。「神はいない」［詩14:1］。罪は神の心臓への一刺しである。私たちは罪を犯すたびに、事実上こう云っているのである。「私たちは、神になど治められたくない。神の律法など欲しくない。神など欲しくない」。私がかつて話を聞いたことのある、ひとりの雄弁な神学者は、人々の重大な罪を非難した後で、その告発のしめくくりに、このような尋常ならざる云い回しを用いた。「この神殺しの世」、と。そこで彼は、真理のきわみに達した。というのも、これは神殺しの世だからである。この世は現実には神を殺せない。だが、できるとしたらそうしようとするであろう。そして、キリストを殺すことによって、それは実際にその心の中にある神への敵意を顕にしたのである。この世は自分たち自身の神を殺そうとはしない。人々が想像する神、自分自身の知性がでっちあげる神、彼ら自身のような神、私が今朝語ったような神を殺そうとはしない。だが、聖書の神について云えば、何百万もの人々は喜んでその神を、できるものなら彼ら自身の宇宙から叩き出そうとするであろう。だが神はエホバであり、唯一生けるまことの神であられる。

　第三に、私がここに見てとるのは、キリストに対する人間の主たる反発は、その権威に向けられているということである。というのも、この文句の要点は、「《王》イエス」だからである。ピラトは、「これは《教師》イエス」、とは書かなかった。さもなければ、多くの者はこう云ったかもしれない。「奴には好き勝手なことを教えさせておけ。それは私たちには関心がない。私たちは、予見者たちが何を見ようと、彼らが何と云おうとかまいつけない」。ピラトは、「これは《祭司》イエス」、とも書かなかった。多くの人々は、自分たちも祭司になれるものなら、主を偉大な《大祭司》とすることに全く満足したであろう。しかし、ピラトは、「これは《王》イエス」、と書いた。そして、それこそ彼らがその矢をめった射ちにした的であった。あなたも詩篇第2篇の著者がどう云ったか覚えていよう。「地の王たちは立ち構え、治める者たちは相ともに集まり、主と、主に油をそそがれた者とに逆らう。『さあ、彼らのかせを打ち砕き、彼らの綱を、解き捨てよう』」［詩2:2-3］。人間性は、それが更新されるまで常にこう決意している。「この人に、私たちの王にはなってもらいたくありません」［ルカ19:14］、と。人々は、キリストによって救われることには異存がないかもしれないが、キリストによって統治されることには我慢できない。例えば、次のような戒めがある。――「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」［マタ22:39］。「七度を七十倍するまで赦せ」*［マタ18:22］。愛の律法、優しさの律法、親切の律法である。――人は、こうしたものを賞賛しますと云う。だが、こうした律法がその人の心に深く突き入れられ、自分の野心をつかみ、自分の貪欲を拘束し、自分を義とする思いを断罪すると、たちまちその人は怒りを発する。そして、キリストが、「この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません」［マタ24:35］、と仰せになるとき、また、絶対的なきよさが必要だと教え始め、好色な一瞥さえ罪であると云われるとき、人々は、「彼の支配は決して私たちのためにならない」、と答え、主を吊して殺すのである。主の権威に服従したがらないからである。

　もう一言云うと、私たちがこの物語から学ぶのは、人はキリストの御国をあざ笑うということである。ピラトはキリストを憎んでいなかった。おそらく自分の憎しみを向けるほどキリストについて考えてはいなかったであろう。疑いもなく、彼はイエスのことをあわれな熱狂主義者だ、あまりにも長いこと孤絶して暮らしていたので頭がおかしくなった男だと思ったに違いない。この男には善意がある、ことによると、才気もあるかもしれない。だが、それはそれとして、ローマ人総督が議論を交わすような種類の人間でもない、と。彼は、イエスを死に至らせることを非常に遺憾に思った。このあわれな男にはあまりにも多くの美点があり、彼の敵どもに彼を滅ぼさせるには忍びなかったからである。キリストの王国の問題が浮かび上がったとき、いかにピラトが嘲るような調子で尋ねたか、私には想像できない。「あなたは、ユダヤ人の王ですか？」［ヨハ18:33］　いかに軽蔑しきったように彼は、このようにあわれなやつれ衰えた人間を見下したに違いないことか。誰が見ても相手は蔑まれるべき者に思えた。そのときキリストは云われた。「わたしの国はこの世のものではありません」［ヨハ18:36］。そこでピラトは尋ねた。「それでは、あなたは王なのですか？」［ヨハ18:37］　なかば笑いながらそう云った。彼は、相手をあざ笑って当然だと感じたに違いない。そして、疑いもなくそうした気分のままこう書いたのであろう。「ユダヤ人の王ナザレ人イエス」、と。残忍な、茶化すような諧謔の調子で、まずはユダヤ人に対して、続いてキリスト自身に対して、彼はそうした。それはこう云うも同然であった。「これが、ユダヤ人たちの待望してきた偉大な《王》なのだ。彼らはカイザルと戦い、自由になろうとしている。そして、これが、彼らを助けて、傲慢なローマの全軍団を敗北させるという首謀者なのだ」、と。

　現今の不敬虔な人々の間には、霊的な王国など全く自分たちの理解の範囲外だという考えがある。彼らには、それが何のことか見当もつかない。《教会》と《国家》の関係は、いかなる政党の政治家たちによっても解決されないであろう。両者は、非常に独特な関係があるが、それらは、唯物論が霊と異なるくらい非なるものではある。あなたは一線を画して、「ここまでは《国家》であり、ここからは《教会》である」、とは云えない。実は、神の真の《教会》は決して《国家》に従属していない。それは、全く異なる領域の中を動いており、別の流儀で支配している。霊的な王国は、一部の人々によると、主教たちや、種々の教会会議や宗教会議によって起草される、特定の法律や法規を意味しているという。だが、そうした種類の王国は、英国下院や上院を通過する法案と同じくらい霊的なものではない。それは単に、別の肉の《王国》にすぎない。世俗的《国家》と似たり寄ったりの教会的《国家》にすぎない。だが、イエス・キリストの霊的王国について云えば、それは、あなたの目で見えたり、人間的なしかたで理解できたりするものではない。そこに入るためには、否、それを見るためにすら、「あなたがたは新しく生まれなければならない」［ヨハ3:7］。それは、あまりにも天上のものでありすぎるため、人間的な制定法で抑制することができない。それは、キリストがこの世に設立された一強国である。いかなる世俗国家を1つに寄せ集めたものよりも強大な国である。これは、人手によらずに山から切り出された1つの石のような王国で、他のあらゆる国々を打ち砕き、神の定めの時に全地を満たすであろう［ダニ2:34-35、45］。おゝ、私たちがその力を、人々の心に中において、近時、もっと明らかに見てとることができるならどんなに良いことか。キリストがその《王》であり、このほむべき《書》がその法であり、聖霊がその偉大な行政官であり、私たちひとりひとりがこの偉大な、生ける、また、みこころのままに行動なさる《王》の宮廷で仕えるしもべたちである、その王国の力を。

　「おゝ！」、とあなたは云うであろう。「それは、馬鹿げています」。しかり。あなたがそう云うだろうとは思っていた。それこそ、この世が常にキリストの御国について云うことである。それは馬鹿げている、と。彼らは、教皇を首長とし、枢機卿や、司教や、司祭たちを擁するような王国なら理解できる。カンタベリー大主教や、ヨーク大主教や、監督制主義に当然付随する一切のものについてはなら理解できる。だが、私たちがキリストと1つであることだの、キリストが私たちを王とし、ご自分の父である神のために祭司としてくださった［黙1:6 <英欽定訳>］ことだの、その聖徒たちがキリストとともに永遠に《王》となることだの、私たちの戦いの武器が、肉の物ではないものの、「神の御前で、要塞をも破るほどに力のあるもの」［IIコリ10:4］であることだのは分からない。――それを理解できず、理解したいとも思わない。だからこそ彼らは、今も《王》なるキリストを木に吊り下げて云うのである。「もしこれが彼の王国なら、私たちはそんなものに属したくないし、そんなものを信じはしない。そんなものは追っ払ってしまえ。私たちが考える価値もないものだ。そのような王国の臣下などになりたがるのは、少数の、浅ましい連中だけだ」、と。これは、「初めからそうであった」し、「今も」そうではあるが、「世々にわたって、とこしえまでも」そうではない。というのも、《王》が来つつあるからである。この二度目には、そのご栄光のすべての輝きをもって来臨し、この世に知らしめなさるであろう。ご自身の御国は他の国々のようではなく、黄金や、壮観や、階級や、爵位や、物理的な力によって保たれるべきものではないが、それでもこれは、地上の王侯や王座がみな過ぎ去るときにも永続する王国なのであり、この王国に属するあらゆる者は、この世のあらゆる華麗さが永遠に色褪せるような冠と栄光を得ることになるのだ、と。

　II.　さて、第二に私は、全く別の方面で、この主題にあなたの注意を引かなくてはならない。すなわち、《キリストに関連して》である。主の頭上のこの文句は何を意味していただろうか？

　それは、まず最初に、キリストの誉れが曇りないものであることを意味した。隣の十字架に吊り下げられた強盗の頭上にある文句を眺めてみるがいい。「山地における強盗罪、および、現行犯逮捕時に捕縛せんとせし一衛兵への刃傷罪により死刑とさる」。あなたは、その文句を完全に理解できる。そこでイエスに目を移し、彼が何の犯罪について咎を得たか知ろうとする。あなたは、当局が彼の頭上に、彼がこれまで行なった最悪のことを書き綴っているものと確信しているであろう。そこには祭司長たちや律法学者たち、そしてユダヤ人の群衆がいて、何と書かれているか見ようと眺めておいる。そして、そこにはピラトがいて、自分の良心を軽くしようとしている。もし彼が、キリストを死刑にする罪責感から解放されるようなことを書けたとしたら、確かに彼はそれを書くに違いない。それで、彼は自分の洋筆を手に取ると、こう書くのである。「ユダヤ人の王ナザレ人イエス」、と。「よろしい」、とあなたは云うであろう。「ユダヤ人の王ナザレ人イエス。これしか彼を責める理由とできるものはないのですか？」　しかり。それがイエスの唯一の罪状なのである。人々は、主の咎を他のいかなる言葉でも要約できなかった。主の犯罪は、主がそうあられる通りのお方であることなのである。主が《救い主》であったこと、ナザレに住んでいたこと、ユダヤ人の《王》であられたことである。さて、いかなる人格に対する嫌疑を晴らすものとしても、この公式の告発状にまさるものはなかった。そして、もしこの告発状が主について何1つ責めていないとしたら、考えてみるがいい。主の友人たちによって、いかに多くのことが主を推賞するものとして云えたかを。ある人が裁判官の前に引き出されるとき、その告発者は、相手を責めうるあらんかぎりのことを口にするに違いない。では、キリストが殺されようとしていたとき、その巨大な犯罪について責任を負っていた者たちは、自分たちに可能な限り重大な告発を主に対して行なわなくてはならなかった。しかし、これがせいぜい彼らにできたことであった。彼らが主を責めるものとして持ち出せたのは、ただ1つ、主がナザレのイエスであり、ユダヤ人の《王》であられたことだけであった。ならば、見るがいい。私たちの過越の《小羊》［Ｉコリ5:7］が、いかに絶対的に傷もしみもないものであったかを。見るがいい。いかに主が「罪を知らない方」であったかを。だが、「私たちが、この方にあって、神の義となるため」に、いかに私たちのために罪のためのいけにえとされたかを［IIコリ5:21］。

　次に、キリストに関する限り、私たちはこの文句を、主のご人格の曇りを晴らすものとしてだけでなく、主の死の説明として眺めることができよう。その上書きを、あなたの心の目の中にはっきりと保っておくがいい。「ユダヤ人の王ナザレ人イエス」。それが、主の死なれた理由である。イエスが死なれたのは、まず最初に、主がイエスであられたからである。《救い主》であられたからである。それが、その意味である。単に一個の模範とされるためではなく、単に真理の証しをするためだけでもない。この残酷な死は贖罪を意味している。また、贖罪による救いを意味している。私たちはみな、十字架上の主を仰ぎ見よう。以前にそうしたことがあるとしても、もう一度主を仰ぎ見て、こう云おう。「そうです。ほむべき主よ。私たちには分かります。あなたが死なれたこと、また、私たちを救うために死なれたことが。そして、私たちはあなたをほめたたえます。なぜなら、あなたが《救い主》であられたこと、それがあなたの死の原因だったからです」。ピラトが書いた称号のすべてが、キリストがメシヤであられたことを表わしており、主が死んだのは、主がメシヤ［油注がれた者］であられたからであった。「油そそがれた者は断たれるが、彼自身のためではない」［ダニ9:26 <英欽定訳>］。これが、預言者ダニエルの驚嘆すべき言葉である。「断たれるが、彼自身のためではない」。断たれるのは、主が神に《遣わされた者》、《いと高き方から油注がれた者》だったからである。預言者ゼカリヤも、エホバのこのことばを記録していた。「剣よ。目をさましてわたしの牧者を攻め、わたしの仲間の者を攻めよ。――万軍の主の御告げ。――」［ゼカ13:7］。愛する方々。そこにこそ、キリストの死の理由全体が一文に凝縮されている。イエスが死なれるのは、《救い主》であり、油注がれ、預言されていたメシヤであり、ユダヤ人の《王》となるべく、また異邦人の《王》ともなるべく、神から遣わされたお方だったからである。

　しかし、三番目に、キリストに関する限り、主の頭上のこの文句は、その場でただちに宣告された主張であった。主は十字架の上に吊り下げられており、主の王権を布告する喇叭手はそこにひとりもいない。だが、主にそのような触れ役はひとりも必要ない。というのも、主の御手をこの木に固定したのと同じ兵士たちが、考えうる限り最上の文句を釘付けにしたからである。それは全人類が読むことのできる、3つの異なる言語で書いてあった。「ユダヤ人の王ナザレ人イエス」、と。主は《王》であると主張しておられる。だから私は切に願う。十字架の根元に立ち、主の主張を認めるがいい。もしイエスをあなたの《救い主》としたければ、イエスをあなたの《王》としなくてはならない。主の支配に服さなくてはならない。というのも、主は、ご自分をイエスと認めるすべての者たちに支配を及ぼす権利を主張しておられるからである。しかり。それだけではない。全人類を支配すると主張しておられる。というのも、主には天においても、地においても、一切の権威が与えられている［マタ28:18］からである。また、私たちは全世界の隅々にまで主の王国を宣言し、あらゆる人々にこう云うよう命じられている。「ナザレのイエスはあなたの《王》である。その御前にひれ伏すがいい。あなたがた、国王たち。主の前にひれ伏すがいい。というのも、主こそ《王の王》だからである。あなたがた、君主や貴族たち。主の前にひれ伏すがいい。というのも、主こそ《主の主》だからである。そして、あなたがた、人々のあらゆる子らよ。主の足元でひれ伏すがいい。というのも、主のご支配は定められている［Ｉコリ15:25］からである。たといあなたが主の敵であるとしても、主はあなたを支配せずにはおかない。あなたの一切の敵意や反抗にもかかわらず、あなたは主の足元に引き出されなくてはならない」、と。それゆえ、キリストの主張は、主が死なれた木からさえ公示されたのである。ならば、その主張に抵抗してはならない。むしろ、喜んで、いまイエスに服従し、これ以後永遠にわたってイエスをあなたの《王》とするがいい。

　それから、この称号が添付されたことによって、キリストの主権の主張がなされただけでなく、主の統治がその場でただちに宣告された。地上の君主国においては、ひとりの王がいなくなれば、普通、その後継者の即位が宣される。そして、キリストの頭上に記されたこの罪状書きによって、全地で1つの宣告がなされたのである。すなわち、イエスはすでに即位し、決してその統治をやめることはない、と。主はその御父のもとに帰り、それから再び地上に戻って来て、四十日間を過ごされた。それから主の御足は橄欖山を離れ、ご自分の王座に上って、そこに着座しては、「その敵がご自分の足台となるのを待っておられる」［ヘブ10:13］。主の御国は確立している。あなたがたはみな、その国に属しているだろうか？　それは、ある意味で、ピラトの布告によって十字架上で認められた王国である。そのはるか以前から存在していた御国ではあるが――というのも、主の御国は永遠の国だからである。――関係ない。あなたはそれに属しているだろうか？　それとも、その外側にあり、それに反抗するか、無関心でいるだろうか？　覚えておくがいい。キリストの味方でない者はキリストに逆らう者なのである［マタ12:30］。主の側にいない者たちを、主は敵側にいるものとみなされる。私の兄弟姉妹たち。あなたがたは主イエス・キリストの御国の中にいるだろうか？　いるとしたら、あなたが喜びをもってこの文句を眺めていることを私は知っている。そして、キリストの血があなたをきよめると信頼している以上、あなたはあなたの目をあの、茨を冠された愛しい頭に向けて、こう考えて喜ぶであろう。ユダヤ人の《王》ナザレ人イエスは、私の《王》であり主であり《救い主》でもあられるのだ、と。

　私は、この文句についてもう1つだけ指摘したい。ピラトがそれを変更しようとしなかった以上、神は全人類に対して、ご自分も決してそれを変更しようと思ってはおられないと公にしておられる、と。ピラトはその文句を取りにやらせて、自分の洋筆の一振り二振りで、祭司長たちが欲した言葉を挿入できたはずである。「彼はユダヤ人の王と自称した」［ヨハ19:21］、と。しかし、ピラトはそうしようとしなかった。そして、大祭司にそうすることはできなかったし、悪魔にそうすることはできなかった。そして、地獄のあらゆる悪鬼ども、地上のあらゆるよこしまな人間たちがいかに猛り狂おうとも、今そうすることはできない。ピラトと同様、神がこう仰せになったのである。「わたしの書いたことはわたしが書いたのだ」［ヨハ19:22参照］、と。「しかし、わたしは、わたしの王を立てた。わたしの聖なる山、シオンに」［詩2:6］。彼が王とならずにすまされることはありえない。そして、いかなる権力も、彼から彼の王国を取り上げることは決してできない！　このお方の《教会》は今も祈っている。「御国が来ますように」［マタ6:10］、と。そして、その御国は、やがて全イスラエルがともに集められ、この方を彼らの主また《王》として受け入れるとき、その全き豊かさにおいてやって来るはずである。しかり。それだけではない。というのも、「彼は海から海に至るまで、また、川から地の果て果てに至るまで統べ治める。荒野の民は彼の前にひざをつき、彼の敵はちりをなめる。……こうして、すべての王が彼にひれ伏し、すべての国々が彼に仕える」［詩72:8-9、11 <英欽定訳>］からである。

　切に愛する方々。これがすべての結論である。私たちは、朗らかに主を私たちの《王》として受け入れようではないか。あなたは、すでにそうしているだろうか？　ならば、主の占領地をさらに遠くへ押し広げ、主の御国の境界線を拡大するよう努めよう。あなたはそうしているだろうか？　ならば、それをもっと熱心に行なうがいい。また、それを正しい手段で行なうがいい。というのも、その征服の偉大な武器は十字架だからである。十字架の上こそ、この宣告が最初に掲げ上げられた所であり、十字架によってこそ、それが地の果てまで携え行かれなくてはならないからである。――人間の学問だの雄弁だのによってではなく、賄賂だの、《国家》の助けだの、その他の有象無象だのによってではなく、人々のもろもろの罪の間で、十字架に明らかにつけられたキリストを公に示すことによってそうしなくてはならない。十字架は、自らがその戦斧であり、兵器である。「汝この印にて勝て」。全《教会》は、いやましてキリストを宣べ伝えるがいい。また、いやましてキリストを生きるがいい。そのとき、最初にあの十字架に釘付けられた、その御国の宣告は、全世界にわたって目もあやに描かれることになり、主の御国の力は地の果て果てまで感じられるはずである。

　私は暗黒の中をのぞき込んだ。そして、自分の前に一本の十字架を見たように思った。また、かつてそこに吊り下げられていたお方を見たように思った。だが、私が眺めているうちに、その十字架は大きくなっていくように思われた。それは一本の木になったかに思われ、私はそれが自らの根を深く地中にはびこらせ、やがて人間の悲惨さのどん底が、その根に触れられ、祝福されたように思われた。それから私は、その木が高く聳えて、雲を貫き、星々の上の天空そのものを通り抜け、信仰者たちを乗せて掲げ上げ、その壮大な力によって彼らを神の御座そのものにまで連れて行くのを見た。それから私は、その木がその強大な枝々をあらゆる方向に伸ばすのを見た。その影は、私たちのこの、きわめて恵まれている国の津々浦々に落ちかかり、海の向こう側にある国の全域にも落ちた。私が見ているうちに、このほむべき枝々は欧州に伸び、アジアにも、アフリカにも、米国にも、オーストラリアにも伸びていった。私はそれが大きく育ち、ついには、その影が全世界を覆うかと思われるほど巨大な木になった。そして私は天の神をほめたたえ、あがめた。神が人々の子らを祝福するため、これほど強大な力を制定してくださったからである。おゝ、イエスよ。かつては十字架につけられたが、今は高く上げられているお方よ。それを本当のこととしてください。そして、私たちをあなたの卑しい器として、あなたのほむべき統治の拡大を押し進めてください。そして、私たちは、今している通り、永遠にあなたをあがめましょう。単に「ユダヤ人の王ナザレ人イエス」としてばかりでなく、「祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主」として。「誉れと、とこしえの主権はあなたのものです。アーメン」*［Ｉテモ6:15-16］。

　

「ユダヤ人の王」［了］

ｽ

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