Warning and Encouragement

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罪と恵み

NO. 3115

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1908年10月22日、木曜日発行の説教

説教者：C・H・スポルジョン
於ニューイントン、メトロポリタン・タバナクル
1874年11月1日、主日夜

「罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました」。――ロマ5:20

　この世には2つの非常に強力な力がある。それらは、エデンの園でエバが禁断の木の実を食べた時以来、地上にあった。その2つの力とは、罪と恵みにほかならない。罪は、1つの非常に大きな力である。暗黒の、不可思議で、破滅的な、だが、すさまじい威力の力である。この世に戦争があり、疫病があり、飢餓があるのは、また、人類が病や悲しみに少しでも打たれてきたのは、罪がその悪の種をこの地上に蒔いてきたからであった。見るがいい。死がいかなる惨禍をもたらしてきたかを。その塚は至る所にある。その強大な大鎌は、草刈り人が野の草を刈るように、人々をなで切りにしてきた。だが死は罪によってやって来たし、死の後には審きがやって来る。そして不敬虔な者には、願う者とてありえない破滅が――永遠の御怒りが――やって来る。その暗黒は、いかに荒れ狂う暴風雨もくらべものにならない。誰がこの穴を掘ったのか？　罪ゆえの神の正義である。それゆえ、罪は、悲しみと、病と、死と、地獄の生みの親であると告発されなくてはならない。私たちが争闘するよう至っているのは、決してけちな力ではない。それは、まぎれもないゴリヤテであり、肩をそびやかして歩き、全人類に向かって挑戦している力である。

　罪と戦い、罪に打ち勝つべき力は、神のことばの中で、一度でも、人間性の生まれながらの善良さであると述べられたことがあるだろうか。ホホウ！　それは火の前にある蝋のようなものである。あるいは、祭壇の上にある雄羊の脂肪のようなものである。それは、罪の猛烈な熱の前では一瞬で焼き尽くされてしまう。罪と戦う力は、神のことばの真実な頁の中では、一度たりとも、律法を守ろうと努力する人間の力であると述べられてはいない。実際、これは試されたことがあり、全くの失敗に終わった。天国への道は、シナイの峻険な山腹を上る道ではない。かの花崗岩の山々は、人間の足が独力で登攀するには、あまりにもごつごつとした、あまりにも峨々たるものである。人が自分のもろもろの罪を殺し、永遠の至福への道を戦い開くための武器が、そこで見いだされることはありえない。

　罪に対抗できる唯一の力は恵みである。そう本日の聖句は私たちに告げており、私たちは同じ真理を、これ以外の百もの聖句から学ぶことができる。では、恵みとは何だろうか？　恵みとは、神の無代価の恩顧である。私たちが反逆してきた、永久に恵み深い《創造主》が、授かる価値もない者たちに授けてくださる恩恵である。寛大な赦罪であり、無限の、自発的な、神の慈愛である。神は私たちの罪によって怒らされ、憤らされたが、いつくしみを喜び［ミカ7:18］、ご自分の造られた被造物を打つことを深く悲しんで、常に喜んでそむきの罪を、不義を、罪を見過ごしにし、ご自分の民を彼らの咎の悪しき結果すべてから救おうとされるのである。ここにこそ、キリストにある兄弟姉妹たち。罪との決闘に求められる力量を完全に備えた力があるのである。というのも、私がこれから語ろうとしている、この恵みは、天来の恵みであって、それゆえ、全能であり、不滅であり、不変だからである。この神の恩顧は決して変わらない。また、いったんそれが誰かを祝福しようと決意するなら、神をほむべきことに、それはそうするし、何者もその祝福を取り消せない。値しない人に対する神の無代価の恩顧の恵み深い目的に対して、その人の罪は到底太刀打ちできない。というのも、それは、受肉した神の御子の血と、永遠の御霊の荘厳で神秘的な火とを、その人の罪の上にのしかからせるからである。御霊は、悪を燃え上がらせ、全く焼き尽くしてしまう。父なる神、子なる神、聖霊なる神が合同して罪に立ち向かうとき、恵みの永遠の目的は成し遂げられるに決まっており、罪は打ち負かされざるをえず、本日の聖句は真実にならざるをえない。「罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました」。

　I.　本日の聖句の大原則を例証するため、私がまず第一にあなたに注意してほしいのは、文脈が私たちに、《真の律法がはいって来たこと》を指し示しているということである。「律法がはいって来たのは、違反が増し加わるためです。しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました」。

　モーセ時代に律法が導入されたことについて、何だかだと歴史的なことを云う代わりに、神の律法が私たちの心に導き入れられるという体験的な問題について語ることにしたい。あなたがたの中の、すでに回心している人々は、主の律法が最初にあなたの心にはいって来た時のことを覚えているであろう。2つの石の板に彫り込まれた律法、聖書に記されている律法は、私たちに対してほとんど何も行なわないが、律法が本当に私たちの心にはいると、たくさんのことを私たちに対して行なう。何をするだろうか？

　ほとんどの人に対して律法が行なう最初のことは、彼らのうちにある罪を表に現わすことである。パウロはこう書いている。「律法によらないでは、私は罪を知ることがなかったでしょう。律法が、『むさぼってはならない。』と言わなかったら、私はむさぼりを知らなかったでしょう」［ロマ7:7］。しかし、ある律法が、何か特定の罪に対するものであることに気づくや否や、彼の更新されていない性質の何らかの不浄な本能によって、彼は自分が禁じられた、まさにそのことを行ないたいと欲したのである。私たちもそれと似ていた。神の律法が私たちの心にはいって来ると、その最初の効果は、すでに私たちの内側にあった罪を表に現わすことであった。「何と恐ろしいことでしょう」、とある人は云うであろう。しかり。その通りである。だが、事を別の面から眺めてみるがいい。ここにひとりの人がいる。彼の内側には、急性の疾病があり、それをかかえ続ければ致命的なものとなるであろう。そこで医者は彼に、その疾病を追い出すような薬剤を与える。その人は、それまで非常に美しい顔色をしていた。だが、その薬を服用してからは、顔が大きなしみだらけになってしまう。それは悪いことだろうか？　しかり。しみは悪いものである。だが、隠れている疾病の方がずっと悪い。その疾病が彼の体組織の中にひそんでおり、彼を殺しつつある間、おそらく彼はそれがそこにあることさえ知らなかったであろう。彼は、自分の具合が悪いことは分かっていたし、何か別の病のために死にかけていると思ったかもしれない。だが、今や彼は、その疾病が何であるかを知っており、誰もがそれを見てとる。そして、今や以前は悪と見えたものが、実はその人にとって真に益となるものであることが分かるであろう。同じようなことは、しばしば精神的、道徳的、霊的にも起こる。ある人のよこしまな心は、神に対して全く反抗している［ロマ8:7］が、彼は、外的には几帳面で道徳的な人間であると考えている。――そして、その考えは間違っていないかもしれない。だが、見よ！　神の律法が、その完璧なきよさと《絶対的》服従との要求とともに彼の心にはいって来ると、彼はそれを忌み嫌い、今や罪は、彼にとってさえ、あからさまになる。今、この人は罪について悔い改める見込みがあるであろうし、彼に潜伏していた罪がこのように表に現わされることによって、以前とは違ったしかたで自分を評価するようになるのは十中八九間違いない。それゆえ、罪は悪であり、それが表に現われるのは悪ではあるが、それでも、罪が増し加わるところには、恵みも満ちあふれるのであり、結局はそうした悪から善が生ずるのである。

　律法が人の心にはいって来るとき、それは、その人の罪を非常にくっきりと浮き彫りにもする。彼は自分の罪が、いま目の当たりにしているものほどどす黒いものだとは、一度も見てとったことがなかった。ある杖がゆがんでいるとき、それがいかにゆがんでいるか分かるのは、真っ直ぐな物差しをその脇に置いたときである。あなたは一枚の手巾を持っており、それは全く白く見える。これ以上白くしたいとはほとんど願えないであろう。だが、それを降ったばかりの新雪の上に置いてみると、あなたは自分が一体全体どうしてそれを白いなどと考えることができたのか一驚するであろう。そのように、きよく聖なる神の律法は、私たちの目がそのきよさを見てとるよう開かれるとき、私たちの罪の真の暗黒さを白日の下に暴き出し、そのようにして、それは罪を増し加える。だが、これは私たちの益のためになるのである。自分の罪を見ることによって私たちは自分の真の状態をありありと実感させられ、悔い改めに導かれ、信仰によってイエスの尊い血へと追い立てられ、もはや自分を義とする思いの中で安閑としていることは許されなくなるからである。そして、そのようにして、私たちについてこう云えるのである。律法がはいって来れば罪が増し加わるが、「罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました」、と。

　神の律法が心にはいって来ると、ごく一般には、非常な苦悶が引き起こされる。私はそうした経験を今も良く覚えており、あなたがたの中のある人々もそうであろう。律法が私たちの心にはいって来ると、それは単に、真っ直ぐな物差しや、完璧な白さの模範によって私たちに自分の奇形ぶりとどす黒さを見せつけるばかりでなく、重い鞭を持ち込むことになる。そして、それは私たちの両肩にその鞭を振り下ろし、それが打ちつけるたびに私たちは骨髄まで苦しまされる。しばらく前に私が会った兄弟は、私にこう告げた。「罪を確信させられた良心の苦悶については、どれほど強烈に述べても足りません。というのも」、と彼は云った。「私は自分がこう勘定していた頃のことを覚えているからです。自然の成り行きからして、自分は、あとどのくらい経てば地獄にいることになるだろうか、と。私は自分に向かって云いました。『かりに八十歳まで生きたとしても、何とあっという間に神の無限の御怒りを耐え忍ばなくてはならなくなることか』、と」。しかり。それこそ、主の律法が人の心の中にはいって来るとき、しばしばその人に及ぼす効果である。それは、その人の前に1つの鏡を突きつけ、こう云うのである。「これを眺めてみよ。そして、お前がこれまでしてきたことだけでなく、お前の悪しき行為の正当な結果がいかなるものかを見てみよ」、と。ひとたび律法が人の心の中にはいって来るとき、もはや神の正義にけちをつけることはできない。律法によってその人の口はふさがれ、それが開くのは、ただ呻きと吐息をもらすためだけとなる。そして、そちらの方は大いに発される。

　律法が心にはいって来るとき、その心を引き裂き、私がここまで述べようとしてきたような悲しみと苦悶をその人にもたらすのは非常に悲しいことだと考える人もいるかもしれない。あゝ、だが、そうではない。それは非常にほむべきことなのである。神から着物をまとわされたいと期待するなら、まず神から脱がされなくてはならない。癒されたいと期待するなら、まず高ぶった肉があなたの傷口から神によって切り取られなくてはならない。ある女が上質の白い絹糸で裁縫をしているときには、まず鋭い針を突き刺してその糸が後で通る道を作らなくてはならない。律法が魂の中で作り出す霊の苦悶も、まさに鋭い針として、後に続く上等の絹糸、すなわち福音が私たちの心に入る道を作るのである。もしも神の律法が自分の心にはいって来るのを経験するとしたら、神に感謝しよう。それは罪を増し加えるが、恵みを満ちあふれさせるからである。

　律法がある人の心の中に徹底的にはいり込むとき、それはその人を、自分に対する絶望へと追いやる。「おゝ！」、と彼は云うであろう。「私には、あの律法が守れない」。かつての彼は、自分が他の誰にも負けないくらい善良だ、ほとんどの者たちよりも若干まさっている、と考えていた。そして、ほんの少し磨けば、また、ほんの少し助けが得られれば、神の恩顧をかちとって、天国に行けるだけ善良になれるかもしれないと思っていた。だが、律法が彼の心にはいって来たとき、それはたちまち彼の偶像を微塵に粉砕してしまった。自分を義とするダゴンは、神の十の命令の前にすみやかに倒れ伏し、あまりにもひどく壊れたために、全く修繕不可能となる。人々は、その刈り株をもう一度の台座に載せようとするが、主の律法が人の義と同じ宮にある限り、人の義を高く上げることは二度とできない。人をこのようにひどく自己評価させるのは恐ろしいことだと思う人もいよう。だが、実は、それはその人に訪れることがありえる最大の祝福なのである。というのも、その人が自分に絶望するとき、その人は自分を救うキリストのもとに飛んで行くことになるからである。自分の食料棚の中から最後のパンの皮がなくなるとき、彼はいのちのパンの偉大な《与え主》に向かって哀願するであろう。それを食べれば、彼は永遠に生きるのである。罪人の自分を義とする思いは飢えさせられ、喜んでキリストで養われようという心持ちにされなくてはならない。そして、このようにしてその人は、自分など永遠に失われるに違いないと考える絶望のどん底をきっかけにして、神の満ちあふれる愛により、神の恵みがいかに高いものかを、いやでもはっきり認識させられるのである。

　さらにまた、神の律法がある人の心にはいって来ると、それはその人に呪いを宣告する。それこそ、エバル山に対して、またゲリジム山に対して、かつて目された異様な光景であった。そこでは、1つの集団が律法から数々の呪いを読み上げ、別の集団が律法から数々の祝福を読み上げた［ヨシ8:33-35］。さて律法は、罪人に対してはこう云うことのほか何もできない。「律法の書に書いてある、すべてのことを堅く守って実行しなければ、だれでもみな、のろわれる」［ガラ3:10］。だが、福音がやって来ると、律法の呪いに対してこのような言葉で答える。「幸いなことよ。そのそむきを赦され、罪をおおわれた人は。幸いなことよ。主が、咎をお認めにならない人、心に欺きのないその人は」［詩32:1-2］。律法がいくら呪おうとも、福音の祝福の方がはるかに豊かで力強い。というのも、福音はこう云うからである。「ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています」［ロマ5:1］。また、「こういうわけで、今は、キリスト・イエスにあって、肉に従って歩まず、御霊に従って歩む者が罪に定められることは決してありません」［ロマ8:1 <英欽定訳>］。

　II.　さて、私は、考え方を変えて、キリスト者たちの心底にぐっと近づくことにし、こう注意したいと思う。すなわち、本日の聖句の偉大な原理は、《信仰者の後々の経験》においても例証される、と。

　一部の若い回心者たちはこう想像するであろう。キリストを信じて、神との平和を見いだすや否や、自分たちは完璧になるであろう。そして、自分の内側にはもはや何の罪もなくなるだろう、と。そのような間違った観念は、ただ彼らに大きな失望を嘗めさせることになるだけである。というのも、回心は罪との戦闘の終わりではなく、始まりにすぎないからである。人がイエスを信じ、それによって救われた瞬間から、その人は、自分が生まれつき有するもろもろの罪との生涯続く葛藤を始める。聞くところ、一部の兄弟姉妹たちは完璧になっているという。そして私は、もしそれが本当なら嬉しく思う。だが、私は彼らが私の家族の一員でないことを喜んでいる。私は、彼らとともに平穏無事に暮らして行けるとは思わない。一般に私が見いだすところ、いわゆる「完璧な」人々は、通常、私たちの中の、完璧であるとは告白しない者たちが交際するのに全く愉快でない人々だからである。私たちは自分が完璧であることを願うし、他の人々も完璧であってほしいと願うが、これまでの私たちの調査によって信じさせられてきたところ、一部の人々によって申し立てられている完璧さは、いかなる場合にも思い違いであり、多くの場合は迷妄であり、まがいものである。

　私たちの意見はこうである。人々は、回心し、自分自身を神のことばに照らして吟味し始めた後で、もし彼らが少しでも私たちに似た者だとしたら、自らの内側の至る所に罪を見いだす。――種々の情愛の中に罪があり、心は悪い物事を慕い求める。――判断力の中に罪があり、しばしばこの上もなく深刻な過ちを犯し、大真面目に苦みを甘み、甘みを苦みとする［イザ5:20］。――種々の願望の中に罪があり、いかにそれらを矯めようとしても、それらはあちこちへさまよい、どこへ行くか分からない。――意志の中に罪があり、迎意卿は今なお高慢であり、わがままを通したいこと、――そして、神のみこころに素直に従うつもりがないことを明らかにするであろう。――記憶の中に罪があり、いかに敬虔な人々もしばしば、悪い昔の歌の一節を思い出すことがある。それは、彼らがかつて聞くか唄うかしていた歌であって、今の彼らが記憶に蓄えたいと願う聖句を覚えるよりも、ずっとたやすく念頭に上る。というのも、記憶は、私たちの残りの精神機能の一切と同じく、調子が狂ったものとなっており、悪をとどめておくことに早く、善なるものをとどめておくことに遅いからである。キリストにある兄弟姉妹。私たちのからだに、罪の宿っていない部分があるだろうか？　私たちの有する精神機能や、力や、傾向のうち、何か1つでも、思い通りにさせた場合、私たちを邪道に導かないものがあるだろうか？　私たちは、自分自身を常に警戒せずにはいられないではないだろうか？　さながら、制圧した国の原住民を駐屯地から見張らざるをえない兵士たちである。原住民たちは制圧されはしたものの、自分たちを打ち負かした外国人たちのくびきを、いつなりとも振り落としたくてたまらないのである。それと同じようなしかたで、恵みは私たちの性質を所有することにおいて、外国人なのであり、それは、自らの優越した力で、すでにかちとったものを保持している。そして、その超自然的な強さによってのみ、私たちは自分の以前の立場に後戻りすることから守られるのである。

　こうしてあなたは見てとるであろう。いかに罪が信仰者の心の中においてさえ増し加わるかを。だが、神はほむべきかな。そこでも恵みは満ちあふれる。というのも、意志がなおも強くとも、そこには、それを屈伏させ、制御する、いや高い力があって、私たちの意志は次第に神のみこころに似たものとされつつあるからである。私たちの種々の情愛は、確かに地上を這い回りがちだが、キリストに向かって現実に舞い上がる。というのも、主は現実に私たちの心をかちとられたからである。私たちの種々の願望は確かに邪道に陥るが、それらの主要な傾向は聖潔へと向かっている。主の御名はほむべきかな。私たちがはなはだしく欺かれていない限り、私たちは本当に主の御前でみこころにかなうこと［ヘブ13:21］を行ないたいと願っている。私たちの記憶もまた、確かに私はその不完全さを告白してきたが、しばしばイエス・キリストを覚えていることを可能にし、他の誰を忘れようともキリストを忘れることは決してない。左様。そして、私たちの全性質は、確かに私は真にその数々の欠点について語ってきたが、新しい性質となっているのである。神が私たちの内側に作り出された性質――神のご性質に類似した性質なのである。そして、この性質において、恵みは罪に対して勝利し、このようにして、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれるのである。

　同じ真理は、別のしかたでも学べよう。罪が信仰者の中で増し加わるのは、単にその人が生まれたときから包まれていた原罪という形や、その人と常にともにある罪への傾向においてのみならず、罪は、その人が行なういかなる最上のことをも台無しにしてしまう。あなたは、自分自身の祈りの1つを吟味したことがあるだろうか？　一度でも、祈り終えた後で、それを批判的に眺めてみたことがあるだろうか？　私は、それがいかなるものであったかあなたに告げて良いだろうか？　それは、人の手で製造され、肉眼で観察されれば非常に美しいものに似ていた。顕微鏡をその上に当てて、見てみるがいい。例えば、一本の針を取り上げるがいい。というのも、それは、考えうる限り最も洗練された金属片の1つと思われるからである。だが、それを顕微鏡の下に置くや否や、あなたは云うであろう。「何と、ここにあるのは、ごつごつした鉄の棒ではないか！　こんなものが針のはずがない」、と。だが、それは針なのである。ただ、あなたがそれを、今は、あなたの通常の視力を越えた力によって見ているのである。そして、同じようなしかたで、神の恵みが人の目を開いて、その人の最上の行動を、神の御前に見えるようなしかたで見てとらせるとき、その人は、そうした行動が罪によって台無しにされているのを見てとる。その人が行なってきたことの中で、神のことばに照らして正しく眺めるとき、自分でもしかるべきあり方をしているように見えるものは何1つない。彼の生涯におけるいかに聖別された行動も、いかに敬虔なキリストとの交わりも、いかに強烈な神への熱意も、しかるべきあり方からすればはるかに不十分であって、あってはならないものが含まれている。神の恵みが私たちの内側で強くあるとき、罪は、私たち自身の視界においてさえ増し加わるように見える。私たちはそれを、私たちの歌うあらゆる賛美歌、私たちのささげるあらゆる祈り、私たちの行なうあらゆる説教の中に見てとる。

　私たちは、自分の最上の事がらの中に罪を見るばかりでなく、私たちの不作為の中にも罪を発見する。私たちは、この件については以前は一度も心を悩ましたことがないが、今や私たちは、自分が行なわないでいることもしばしば罪深いことを思い起こす。――単に私たちの犯す悪事ばかりでなく、私たちがしないですませる善事も罪なのである。そこには多くの罪がある。それから、私たちは自分の思念を、また、自分の些細な発言を吟味し始める。すると、それらが、びっしりと罪に覆われているのを見てとる。神のことばに照らして試験されるとき、一切合切は罪によって穴ぼこだらけにされているように見える。それで、実際、罪は増し加わるのである。よろしい。ならばどうなるのか？　何と、そのとき、このほむべき聖句が私たちの心に甘やかにしみ通るのである。「御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます」［Ｉヨハ1:7］。そして今、恵みはいかに栄光に富むしかたで満ちあふれることであろう！　今や私たちは、あの、私たちを雪よりも白くできる尊い血の力を証明し、神ご自身が私たちひとりひとりにこう仰せになるのである。「あなたには何の汚れもない」［雅4:7］。キリストにある愛する兄弟姉妹。私は実に堅く信じている。深く明確な罪の感覚は、赦しを給う愛の力を正しく評価するために必要である、と。確かに、私たちが自分を罪人であると痛切に感じるとき、それは私たちにとって大きな祝福である。私たちは、決してあのパリサイ人が祈ったように祈るべきではない。「神よ。私はほかの人々……のようではないことを、感謝します」［ルカ18:11］。それよりはるかにまさるのは、こう叫んだあの取税人にならうことである。「神さま。こんな罪人の私をあわれんでください」［ルカ18:13］。失われている者たち以外の何者も、失われた人を捜して救うために来た［ルカ19:10］《救い主》を尊びはしない。自分が汚れた卑しい者だと感じている者以外の何者も、主のきよめ給う血潮を正しく重んじはしない。おゝ、愛する方々。あなたの罪が増し加わるとき、そのときこそ、恵みが満ちあふれることを思い起こすがいい。あなたは罪人ではあっても、赦されており、「愛する方にあって受け入れられ」［エペ1:6 <英欽定訳>］ており、救われており、神の子どもとなっており、まもなく天国にいることになり、栄光を冠された恵みを永遠に賛美することになるのである。

　この点について、もう一言云おう。私の信ずるところ、あなたがたの中の多くの人々は、私と類似した経験をしてきたはずであり、時としてあなたは、ことのほか神の間近に生きていて、その御顔の光の中を歩んでいた。そのとき、突如として、あなたの中に巣くっている罪が、全く予期してもいなかったときに、あなたを攻撃するかに思われた。私の知るところ、私の最も熾烈な誘惑の数々が私のもとにやって来るのは、しばしば、私が最も高く神との交わりを享受した直後である。それは、暖かな部屋から一歩外に出た途端に吹きつけてくる一陣の寒風のようにやって来る。そして、あなたは、どうすれば良いのかほとんど分からなくなる。あなたは、そうしたことを、全然と云って良いほど予期していなかった。時として、あなたが全く打ち負かしたと思った誘惑者が、薮の中から飛び出した獅子のようにあなたに襲いかかるかに思われるであろう。あるいは、あなたがとうとう征服したと思っていた情動が、山々から吹き下ろしてくる暴風のようにあなたを急襲するかのように思われるであろう。そして、湖上のあなたの小さな小舟は、その猛攻撃によってほとんど圧倒されるように思われる。そのとき、あなたが自分を眺め、これほど多くの罪が自分のうちにあることに気づいて驚かされるとき、あなたは罪が増し加わることを知るのである。そのとき、あなたはどうするだろうか？　よろしい。私の信ずるところ、そのようなとき、キリスト者たちは、それまで以上に、神のみつばさの下にきつくすり寄ろうとする。そして、よりへりくだりを感じて、イエスの尊い血のもとに行く。そして、そのきよめる力を再び証明したいと、より強く願望する。そして、この《強き方》に向かって強さを叫び求め、これまで以上に、自分たちが聖霊の聖め給う御力を必要としていることを感じる。ラルフ・アースキンは云った。自分は眠っている悪魔の方が吠えたける悪魔よりも恐ろしい、と。そして、彼の恐れには立派な理由があった。というのも、悪魔が吠えたけっているとき、聖徒たちは、悪魔が静かにしているときよりも、ずっと見張りに励むだろうからである。この世で最悪の誘惑は、全く何の誘惑も受けないことである。だが、1つの強い誘惑があるとき、また、あなたの魂がそれを完全に自覚しているとき、あなたはそれに対する警戒を固めているのである。誘惑の波は、あなたを千歳の《岩》の上に打ち上げることさえありえる。それで、あなたは、それまでしていた以上に、その岩を指で握って、しがみつくようになる。そのようにして、やはり罪が増し加わるところでは、恵みが満ちあふれるようになるのである。

　III.　さて、しめくくりとして、もう1つの事がらについて、いくつか一般的な所見を述べなくてはならない。本日の聖句で明らかに示されたこの偉大な真理は、単に律法が信仰者の心にはいって来るとき、また、キリスト者たちの後々の人生において例証されるだけでなく、《救いのあらゆる祝福において》例証される。

　これは非常に素晴らしいことだが、確かな真実である。天国にいる多くの人々は、かつては内側に罪が増し加わっていた。彼らの同胞たちの判断するところ、彼らの中のある人々は、他の人々よりもずっと悪質な罪人であった。そこにはタルソのサウロがいた。あの死にかけていた強盗がいた。あの町のひとりの罪深い女［ルカ7:37］がいた。――非常に公然たる、恐ろしい意味において罪深い者であった。こうした人々、そして、聖書に記されているさらに多くの人々は、みな大罪人であった。そして、恵みの非常に大きな驚異であることに、そのあらゆる場合において、彼らは赦されたのである。だが、彼らが回心したとき、彼らは弱々しいキリスト者になっただろうか？　全くの逆である。彼らは、多く赦されたがゆえに、よけい愛した［ルカ7:47］。神の最上のしもべたちの間には、かつては悪魔の最上のしもべであった多くの者たちがいる。罪は彼らの中で増し加わったが、恵みは、彼らの心と生活をとらえたとき、満ちあふれた。彼らは長いこと悪魔の思うがままにとりことされていたが、後には、サタンのしもべであった頃にはるかにまさるしかたで、生けるまことの神のしもべとなった。彼らは、自分たちの強烈な性質のあらゆる熱烈さを、自分たちの《救い主》への奉仕に投入した。そして、同輩の弟子たちの何人かをはるかに越えて高く上った。そうした同輩たちは、自分たちがその主にいかに多くを負っているかを、それほど完全には悟らなかったのである。この場にいる人々の中で、どれほど罪にのめりこんでいる人でも、この建物を去る前に、神の測り知れない恵みによって救われることができると思う。また、彼らの将来の生活全体にわたって、彼らはイエス・キリストをはるかに良く愛し、彼らほど深くは罪を犯してこなかった、他の人々にまさってキリストに仕えるだろうと思う。

　同じ真理がはっきりするのは、罪が私たちに対して何をしてきたかについて考える場合である。おゝ、兄弟たち。罪は人間の性質を、汚らわしいらい病、致命的な疾病で汚染してきた。だが、イエスはその疾病を治して、私たちに、それまで知っていたいかなるものよりも聖なる種類のいのちを与えてくださった。罪は私たちから盗んできた。だが、キリストは私たちに、これまで罪が私たちから取り去ってきた以上のものを回復してくださった。罪は私たちからはぎ取ってきた。だが、キリストは私たちに、私たちの生来の義が到底かなわないほど上等の衣をまとわせてくださった。私たちがイエスについてこう歌うのも当然である。――

　　　「主にある　アダムの　種族（すえ）は誇れり、
　　　　祖先（ちち）の喪失（なくす）を　越えし祝福（めぐみ）を」。

罪は私たちを非常に低めたが、キリストは私たちを、罪が私たちを投げ倒す前に私たちが立っていたよりも高いところに持ち上げてくださった。罪は人から、神に対するその愛を奪い去ったが、キリストは私たちに、アダムがいだいていたものよりも強固な神への愛を与えてくださった。というのも、私たちが神を愛するのは、神がまず私たちを愛して［Ｉヨハ4:19］、ご自分の御子を遣わし、私たちに代わって死なせてくださったからである。そして私たちには、神のより大きな恵みゆえに、より大きな愛をささげるべき立派な理由があるのである。罪は人から従順を取り去ったが、今や聖徒たちは、以前にできたであろうところよりも格段にまさったしかたで従っている。というのも、堕落しなかった人間が苦しむことは不可能だったろうと思うが、今や私たちは、キリストのために苦しむことができるからである。そして、多くの殉教者たちが真理のために歌いながら死に赴いたのは、罪が彼らを苦しめるようにした一方で、キリストの恵みが彼らに、苦しみにおいてもキリストに従えるようにしていたからである。また、そのようにして、彼らが一度も堕落しなかった場合に可能であった以上に、神に対する彼らの忠誠を証明できるようにしていたからである。キリストにある愛する兄弟姉妹。罪は私たちをエデンから締め出したが、泣かないようにしよう。キリストは、私たちのために、はるかにまさるパラダイスを天国に備えてくださったからである。罪は私たちから、黄金の砂の上でさざなみを立てていた川を、また、罪が最初に入り込むまで決して苦しみがやって来ることがありえなかった、あのほむべき園の緑の湿原を奪い去った。だが、神が私たちのために供しておられるのは、「水晶のように光るいのちの水の川」［黙22:1］であり、エデンが到底かなわないほど麗しい園なのである。そして、そこに私たちが永遠に住むことになるのは、私たちの主なる《救い主》イエス・キリストの満ちあふれる恵みによってなのである。その恵みは、私たちの増し加わる罪をさえ越えて満ちあふれている。

　罪は私たちを神から引き離したが、恵みは私たちを、罪が私たちを神から分け隔てる前にそうであったよりも神の間近に引き寄せた。キリストが人となるまでの間、地上にいたいかなる人も、また、地上にいることがありえたいかなる人も、人間がその《造り主》に対して近くありえる以上に神に近くいることはなかった。だが今や、ひとりの《お方》は、いかなる被造物が神に対して近くありえるよりも、神に近いところにおられる。というのも、その《人》は神でもあり、そのお方はご自分の御父の右の座に着いて、御父と宇宙の支配を共有しておられるからである。その《人》は、人類を、単なる創造のわざが行ないえたところを越えて、《神性》に近寄せている。イエス・キリストのゆえに神に栄光あらんことを。キリストは、天から出た《人》であり、マリヤの《子》、《いと高き方》の御子であられる。罪は私たちに名状しがたい害悪をもたらしたが、恵みはその害毒をさえ、私たちの得としている。というのも、今や私たちは、そうでなけば決して不可能であったようなしかたで、血によって買い取られているからである。今や私たちは、そうでなければ全くできなかったようなしかたで、罪と義の双方を知っている。そして、今やあの古い蛇の囁いた偽りは、その中に1つの真理が隠されていたことが分かった。というのも、私たちは実際に神のように［創3:5］なっているからである。私たちは、神のキリストと結び合わされていることによって、神のご性質にあずかる［IIペテ1:4］者とされている。おゝ、驚くべき《堕落》よ。それは私たちを絶望的に打ち砕いていたはずである。それよりもさらに驚くべき恵みがなかったとしたら！　おゝ、驚くべき回復よ。それは、私たちが打ち砕かれる前よりも、私たちを高く上げ、私たちを完璧にしており、私たちがパラダイスでアダムとエバとともに暮らし、永遠に罪のないままとどまっていたとしたら、決して夢見ることもできなかったような栄光へと私たちを引き上げている！

　もう1つ実際的な所見を述べてしめくくることにしよう。それは、こうである。もしあなたがこの、あなたの罪を越えて満ちあふれる恵みをすでに受けているとしたら、気をつけて、これまで罪のために行なっていた以上のことを恵みのために行なうようにするがいい。人々が罪のためにいかに大きなことを行なうかは驚くほどである。彼らは、自分の種々の情動を満足させ、自分たちの残酷な奴隷監督サタンに仕えるためとあれば、いかに多くを耐え忍ぼうとすることか。私は、一部の人々が自分たちの情欲のため何を浪費しているかを推測したいとは思わない。一部の人々が、自分の快楽と呼ぶもののために、一年でどれほどのものを費やしているか計算したいとは思わない。よろしい。それがどれだけの量であろうと、彼らが自分の神のために与えるもの、仕えるものが、私たちが私たちの神のために与え、行なうものよりも多くあって良いだろうか？　彼らが、そのサタン崇拝において、私たちが私たちの神への従順におけるよりも熱心であって良いだろうか？　そうしたことは決してあってはならない。彼らが、彼らの宝を賞賛することにおいて、私たちをしのぐことを許してはならない。彼らは、自分たちの神、酒神（バッコス）への賛美で夜を忌まわしいものにしている。だが、私たちはシオンの歌で彼らを悩ませることがあまりない。ことによると、私たちがそうするのは良いことかもしれない。だが、私たちはしばしば臆病にも、私たちの神へのしかるべき賛美をささげることがない。彼らは、恥じる様子もなく、そのみだらな歌声で天まで震わしている。ならば、私たちは勇気を奮い起こして、しっかりと私たちの神の栄光と、私たちの主なる《救い主》イエス・キリストの数々の驚異とを主張しようではないか。特に、こう云うことを決して恥じないようにしようではないか。「主は私を愛し、私のためにご自身をお捨てになりました。とこしえに、ほむべきかな。その聖なる御名は。アーメン」［ガラ2:20; 詩72:19参照］。

　

罪と恵み［了］

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