Paul's Parenthesis

HOME | TOP | 目次

パウロの挿入句

NO. 3084

----

----

1908年3月19日、木曜日発行の説教

説教者：C・H・スポルジョン
於ニューイントン、メトロポリタン・タバナクル
1874年4月26日、主日夜

「神の恵みによって、私は今の私になりました」。――Ｉコリ15:10

　この箇所の文脈を読めば分かる通り、この言葉は、パウロの余談、あるいは、挿入句の1つの中に現われている。彼は、ごく頻繁に、脇道へ急にそれる文章家であった。往々にして彼は、それまで書き記していた主題を置き去りにし、全く別の方向に自分の思念を向け、それから後戻りしては、しばらく放り出していた主題を再び続けて行く。この点で、私はしばしば、心ひそかに使徒パウロをサムソンになぞらえることがあった。サムソンは、自分の父母とともにティムナへの道を行く途中で、脇へ寄っては獅子を殺し、後には、やはり脇へ寄って、その死骸の中に蜂蜜を見つける。そして、いずれの場合も、何も起こらなかったような顔で両親のもとに戻って行った［士14:5-9］。そのように使徒パウロもしばしば、自分の携わっていた何らかの壮大な議論から脇へ寄っては、全く別の話題に関して非常に尊く重要なことを語り、それからもとに戻っては、事もなげに、悠然と自分の議論を続けていくのである。

　ある種の言葉を差し挟むことについて、私たちは常に大目に見ることができる。そして、実際、褒めることさえできる。例えば、祈りの挿入である。私たちが何らかの義務に携わっているとき、もしもしばしの間休止して祈るなら、それで事が遅れることはない。実は、その分だけずっと早く進む。私は、次のようなことをしている使徒パウロを思うと嬉しくなる。彼は、その壮大なエペソ人への手紙を書いている途中で、本筋の議論から脇へ寄っては、この偉大な祈りをささげるのである。「こういうわけで、私はひざをかがめて、天上と地上で家族と呼ばれるすべてのものの名の元である父の前に祈ります。どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように」［エペ3:14-19］。彼の議論はこれっぽっちも損なわれない。実際、この小さな中断のために、いやまして強力なものとなる。別の折にも、見れば非常に甘やかなことに、彼はやはり立ち止まっては、自分に対する主の豊かなのあわれみを記録した後で、あの傑出した頌栄を書き記すのである。「どうか、世々の王、すなわち、滅びることなく、目に見えない唯一の神に、誉れと栄えとが世々限りなくありますように。アーメン」［Ｉテモ1:17］。このような祈りと賛美の挿入句は、《いと高き方》に受け入れられるものであるに違いない。

　さて本日の聖句は、この上もなくほむべき種類の余談の中に見いだされる。近頃の説教者たちも、このような余談を語れば良いであろうに。もし、本筋を離れることによって、彼らが無代価の恵みについてより多く、また、主イエス・キリストについてより多く説教することになるならそうである。ひとりの説教者についてこんな話を聞いたことがある。あるとき彼は、講壇に立った際に、突然視力を失ったという。それは、偉大な清教徒、老ガウジ博士だったと思う。持ってきた講話を読むことはできなかったが、桁外れの平常心の持ち主であった彼は、全く騒ぎ立てることも、信徒たちに自分が視力を失ったと告げることもせず、即興で説教した。そして、彼が講壇から下りてきたとき、ひとりの婦人がその説教について彼に感謝した。「あゝ！」、とこの善良な人は云った。「たいへんな災難が降りかかったのですよ。わしは、視力を失ってしまったのです」。「ならば、そのために神をほめたたえますわ」、とこの婦人は云った。「もしそれで、先生がご自分の説教を読み上げることをあきらめて、今なさったようなしかたで説教できるようになったとしたら感謝ですわ」。説教者が、自分の講話の筋道を失ったときに、もしも彼の講話が筋ばかりで、かつ、彼がそこから離れて真っ直ぐに十字架へと赴き、イエス・キリスト、すなわち十字架につけられた方［Ｉコリ2:2］について語り出すとしたら、それは良いことである。あるいは、もし彼が現代思想の迷路をさまよっていたところ、昔からの通り道に立ち戻り、神の恵みについて説教するとき、それは良いことである。もしも、パウロがここでしているように彼がこう宣言できるとしたら、良いことである。「神の恵みによって、私は今の私になりました」。願わくは無代価の恵みの教理を説教している人々が、決してそうする習慣を改めることがないように。また、恵みという言葉の響きをほとんど忘れてしまった人々、また、その妙なる調べを今まで全く知らなかった人々が迷子になり、この、神の主権的な恵みというほむべき境界地に迷い込むように。私は確信するが、神の恵みの福音以外の何物も、決して教皇制をこの国から追い払いはしないであろう。ローマカトリック教や《儀式主義》という、自分を義とする教えや聖職者絶対主義に打ち勝てる唯一の対抗者は、明瞭で、露骨で、率直に、この偉大な陰理を宣言することである。すなわち、神の恵みによってこそ、神の聖徒たちは今の彼らになっているのである。

　I.　この聖句に目を向け、単純かつ平易に語りつつ、また、神が私の言葉を通してあなたの心に語りかけてくださるよう祈りつつ、私が第一にあなたに証明したいと思うのは、《この聖句には、1つの教理的言明が含まれている》、ということである。「神の恵みによって、私は今の私になりました」。

　そして、その言明は、まず最初に、このような意味のものとして読めるであろう。――すなわち、パウロは自分自身の救いを神の無代価の恩恵によるものとしていた。彼は自分が新しく生まれた者、赦された者、救われた者であると信じており、自分のそうした状態は、何の功績もない者に対する神の恩恵の結果であると信じていた。彼は、自分が救われたのは、自分に救われる価値があったからだとも、自分が赦されたのは、自分の悔い改めが自分の罪の贖罪を成し遂げたからだとも考えていなかった。彼は、自分の数々の祈りが救いに値するとか、自分の幾多の労苦や数多くの苦しみが神の御手から自分に対するその賜物を勝ち取ったのだとはみなさなかった。しかり。彼は一瞬たりとも功績については語っていない。それは、このような前後関係においては、パウロの口から述べられることがありえない言葉である。むしろ、彼はこう宣言している。「神の無代価の恵みによってこそ、私、タルソのサウロは、回心させられ、使徒のパウロとされ、イエス・キリストのしもべとされたのだ。私がこの大きな変化をこうむったのは、常にほむべき神の善意と、主権的な慈悲と、値なき者に対する恩恵とのおかげ以外の何物でもない」。

　さて、話をお聞きの愛する方々。間違いのないように、この真理をごく平易に云い表わさせてほしい。もしあなたが救われているとしたら、あなたの救いは、あなたが行なったいかなることのおかげでもない。また、もしあなたが救われることになるとしたら、それはあなた自身のいかなる善良さの結果でもない。あなたは糸を紡ぐことはできようが、もしあなたが救われるとしたら、神が真っ先になさることは、あなたが紡いできたものをばらばらにほぐすことであろう。あなたは自分で作り出した義という、けばけばしい衣装を身にまとうことはできようが、神が最初に行なわれる恵みの行為は、あなたにそれを脱がせ、そうした衣装がことごとく不潔な着物［イザ64:6］でしかないと感じさせることであろう。あなたは、あなた自身の功績を否定しない限り、キリストの功績を持つことができない。あなたが教会に行くこと、会堂に行くこと、洗礼を受けたこと、いわゆる聖礼典を受けていること、堅信礼を受けたこと、密室で祈っていること、家庭礼拝をしていること、聖書を読んでいること、良い思いをいだいていること、施しをしていること、こうしたことをすべて合わせても、そこには、あなたを一吋でも救いへ進ませる助けになりえるような功績は全くない。救いは行ないによるものではなく、ただ恵みによるものである。そして、この道によって救いを獲得しない者たちは、冒涜者や酔いどれと同じくらい確実に滅びるであろう。救いの道は1つしかない。無代価の恩恵という道である。それこそ、パウロが歩んだ道であったし、それこそ私たちが永遠のいのちに入りたければ歩まなくてはならない道である。

　聖書において恵みという言葉は、無代価の恩恵のほかのことをも意味している。それは、非常にしばしば、作用している力を意味する。神の御霊がある心の上で救いに至るしかたで働くときに発揮される影響力は、御霊の恵みと呼ばれる。ここで使徒はそう意味しているのである。「神の恵みによって、私は今の私になりました」。すなわち、「私がいま正しくあるあり方はみな、神が私をそうされたのである。もし私が新しく生まれているしたら、私は神の力によって上からもう一度生まれなくてはならなかった。もし私が悔い改めているとしたら、私の悔い改めは神の賜物であった。もし私が信じているとしたら、私の信仰は神のみわざであった。もし私が信仰を堅く保ってきたとしたら、私の堅忍は私の魂における神の恵みの効果であった。もし私が受け入れられる祈りを祈ってきたとしたら、神の恵みこそ私がそうできるようにさせたものであった。もし私が神をお喜ばせするようなしかたで神への賛美を歌ってきたとしたら、その賛美はまず聖霊によって私の心に書き記されたものであった」。「あなたには、何か、もらったものでないものがあるのですか？」［Ｉコリ4:7］　この問いに対して、あらゆる真実な心は、こう答えを返すであろう。「私は、私の罪のほか、もらいものでないような何物も持っていません。むしろ、私の持っているすべての良いものは、神から出たものに違いありません」。もしあなたがたの中の誰かが救われることになるとしたら、神があなたを救うのでなくてはならない。罪人よ。あなたは失われており、失われているあなたを回復することのできる手は、ただ天来の、全能の御手しかない。「事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです」［ロマ9:16］。自分で自分を救うことができると考える者たちの頭上で、この聖句を雷鳴のように鳴り轟かせるがいい。事は最初から最後まで主が行なわなくてはならない。神が最初に恵みの行為を行なってこそ、神は霊的に死んだ者を生かし、神が最後に恵みの行為を行なってこそ、私たちは私たちの卑しいからだ［ピリ3:21］を投げ出して、私たちの霊は私たちの主の喜びをともに喜ぶようになるのである。

　さて、この2つの事がらは真実であり、かつ、確かに私たちの間で信じられていることである。すなわち、救いは神の無代価の恩恵によるものであり、それは天来の恵みの力によるものである。だが、私はこう云えると思う。もしパウロがこの場にいたとしたら、彼はこの件をもう少し先に進めていたであろう。私の愛する兄弟たちであり、また、真の兄弟でもある人たちの中のある人々は、恵みの諸教理をあまり明確には見てとっていない。そうした人々は人を見ても木が歩いているように見える［マコ8:24］。というのも、彼らは自分たちが救われている事実を、部分的には自分自身に帰しているからである。功績に、とは私も云わない。彼らは、そうした観念を忌み嫌っていると信ずる。また、力に、とも云わない。彼らは私たちと同じくらい真剣に、罪人は罪の中で死んでいること、また、行為するための力は聖霊からやって来ることを奉じていると信ずる。しかし、どういうわけか彼らは、私にはしかるべき程度を越えていると思われるほど、人間の意志を重大視するのである。一方では、ある人々があまりにも僅かしか人の意志について語らず、人々を何の意志も持ち合わせていない丸太ん棒ででもあるかのように扱っている。この件においては、双方にそれなりの真実がある。そして、私の兄弟たちの一部が、この真理の他の見方を説教するので、私は本日の聖句が示している方の見方を説教することにしよう。

　もし私が救われているとしたら、いかにして私は救われることになったのだろうか？　ある人は尋ねるであろう。「しかし、なぜあなたが救われ、他の人々ではなかったのですか？」　愛する方々。そこには2つの問いが含まれている。それで、それを1つずつ扱わなくてはならない。最初の問いを、次のように云い変えた上で扱わせてもらえるだろうか？――なぜあなたは救われたのか？　もしあなたが救われているとしたら、あなたと、他の救われていない人々との間には、大きな違いがある。かつてのあなたは、快楽を愛し、この世を愛する者であった。今のあなたは神を愛する者となっている。さて、誰かがその変化をもたらしたのであり、誰がそうしたにせよ、その者は良いことを行なったのである。それで、その者の頭に冠を戴かせよう。ここに冠がある。さて、方々。誰の頭に私は冠を戴かせれば良いだろうか？　あなたが自分で自分を以前のあなたとは、また、今の他の人々とは違った者にしたのだろうか？　あなたは、その冠を戴く覚悟があるだろうか？　あなたは自分の頭を垂れて、こう云うであろう。「おゝ、とんでもありません！　主にその栄光を帰してください」、と。

　よろしい。ならば、全く明白なこととして、神があなたと他の人々とに違いをもたらしたのである。また、神がそうするのは、褒めるに足る立派なことだったのである。そして、そうすることが神にとって、褒めるに足る立派なことだったとしたら、神がそうしようと思うことは、褒めるに足る立派なことだったのである。そして、もし神がそうされた日にそうしようと思うことが褒めるに足る立派なことだったとしたら、神が永遠の昔からそうしようと思うことは褒めるに足る立派なことだったのである。このようにして、私たちは、あの昔からの、栄光に富む、天来の恵みの聖定と契約へと立ち戻るのである。それらを、ある人々は非常に恐れているが、この《書》が神によって書かれたのと同じくらい確実に、次のことはこの書の中に屹立している。すなわち、神は、「初めから」［IIテサ2:13］ご自分の民を救いにお選びになったのである。

　「神の恵みによって、私は今の私になりました」。もしこの場に誰か無律法主義者がいるとしたら、その人はきわめて大胆にこの箇所の意味を宣言するであろう。だが、私は彼と同じくらい大胆に語り、私の側に真理があるものとしてあえてそうするであろう。私はこれを純粋な、混ぜ物のされていない真理であると確信しているが、恵み、恵み、恵み、恵みこそが、最初から最後まで魂を救うものなのである。だが、もしあなたが私に、「なぜ、ある人は失われるのですか？」、と問うとしたら、無律法主義者と私は意見を全く異にするであろう。私は云う。もしその人が失われるとしたら、それはその人自身のせいである、と。その人の罪と、その人が故意にキリストを拒絶したことこそ、その人が失われる理由なのである。そして、もしそこに誰かアルミニウス主義者がいて、その罪の咎を罪人の良心の上に置くとしたら、私はそのアルミニウス主義者と同じくらいそう行なうことができるし、そうすることにおいて聖書を味方にしているはずだと信ずる。罪に定められることは、最初から最後までことごとく人から出たことであり、救いは最初から最後までことごとく恵みから出ている。誰かが問うであろう。「その2つがどうして一致するのですか？」　否。兄弟よ。この2つがどうして一致しないのだろうか？　もしこれらが相争っているとき、あなたがそう告げてくれるなら、私はそれらを和解させようと試みるであろう。これらは、この《書》の中に、2つの壮大な霊感された真理として相並んで立っている。そして、これらは相並んで説教されるべきである。これらは決して仲違いをしたことがなく、これからも決してそうしないであろう。もしあなたが自分を義とすることを愛しているなら、これらがあなたに文句をつけるであろう。だが、それらは互いには決して文句を云い合わない。

　II.　さて、第二に、私は本日の聖句を手短に、《1つの感謝の言葉》として扱いたい。ここに、ひとりの神の子どもがいる。同輩の信仰者たちの間でも、非常に高い地位を占めていた人物、多くの賜物と、多くの恵みと、多くの成功と、教会における高い栄誉を有していた人物である。それでも、彼は云うのである。「神の恵みによって、私は今の私になりました」、と。ただの人である私たち、また、決して何ほどのことも行なったことのない私たちの中の誰もがそのように語るのは正しいことであろう。だが、ここで語っているのはパウロなのである。「私は自分をあの大使徒たちに少しでも劣っているとは思いません」［IIコリ11:5］、と真実に云うことのできたパウロなのである。それでも彼は云うのである。「神の恵みによって、私は今の私になりました」、と。

　パウロの感謝の言葉が何を意味しているかというと、それは、最初に、彼は自分が誇ることを絶対に禁じた、ということである。なぜ彼が誇るべきだろうか？　彼の有していた良いものはいずれも、かの偉大な《恩人》から与えられたものであって、彼はこう云って良かった。「私は、自慢できるような何を持っているだろうか？　私は無である。私の行なってきたことは無である。そうでないものは、神が私をそうあらせ、神の恵みが私のうちに、また、私によって作り出してくださったものでしかない」、と。愛する方々。私たちが高慢の対象となるというのは驚くべきことである。だが、自分がいかにあわれな生き物であるかを考察すれば、私たちが高ぶることも、悪いものでしかないことも驚くべきではない。しかし、もし私たちが高ぶっているとしたら、私たちは何という愚か者であろう！　高ぶる？――ちりと灰の山にすぎず、日ごとの奇蹟がなければ風が吹き払うだろうようなもの、――腐敗の塊にすぎず、そこからいのちが去れば、ほんの数時間で腐り出すようなもの、その私たちが胸をそらし、自分を何か大物であると考えるのである。そして、おゝ、私たちは、神の恵みによって分相応な水準に引き下ろされない限り、何とお偉い大立者であろう！　諸天そのものも、私たちの高く上げた頭には低すぎ、私たちは自分を非常に重大視する。だが、ある人がこう云えるとき、それは誇りにとって死の一撃である。「神の恵みによって、私は今の私になりました」。

　また、愛する方々。この感謝の言葉によって私たちは聖なる奉仕へと促される。もし私たちがすでに受けているものがみな神から出ているとしたら、私たちは自分と自分の持てるすべてを神に引き渡そうではないか。神が私たちを造られた以上、私たちは自分の《創造主》のために生きようではないか。神が私たちのうちで私たちのすべてのわざを作り出された以上、私たちは神に、私たちの霊と、魂と、からだを、私たちの霊的な礼拝［ロマ12:1］として与えようではないか。私たちのように無代価の恵みに負債のある者は、たとい他の人々が良い行ないについて語るとしても、行ってそれを行なおうではないか。自分を義とする徒な夢が一部の人々を誤らせて種々の犠牲を払わせるときも、無代価の恵みに対する感謝に強いられて私たちは、さらに大きな犠牲を払おうではないか。

　さらに、感謝の言葉としての本日の聖句により、私たちはさらなる神への信頼へと至らされると思う。もし神の恵みによって、私が今の私になったとしたら、神の恵みによって私は、やがて、それよりもなお良い者にされるはずである。私たちを導いて悔い改めさせ、信じさせてくださったお方は、私たちをさらに大きな信仰へ、また、さらに充実した確信へ、そして、さらに完全にキリストに似ることへと私たちを導き、最後まで私たちを保ってくださるであろう。誰かが私たちに、神は結局において私たちを見捨てて、滅びるままにするのだと告げるようなとき、私は決して彼らに答えたいとは思わない。というのも、私の《主人》についてそのように語る者たちは主を知らないのだと常に思われるからである。何と、ご自分の愛する者を見捨て、ご自分の花嫁を見捨て、ご自身のからだを見捨てて滅びるままにすると？　私たちにそのようなことを云っても無駄である。主はご自分のものを投げ捨てるにはあまりにも強い愛で彼らを愛しておられる。他の人々がいかに好き勝手なことを云おうと、私はパウロとともにこう云う。「神の恵みによって、私は今の私になりました」。そして、私の確信するところ、それと同じ恵みによって私は、いつの日か、キリストとともにいるようになり、キリストと同じようになる。あなたがた、天来の恵みの対象でない人たちは、自分が滅びるだろうことを恐れても良い。だが、あなたがた、神の恵みを受け取っている人たちは、こう確信して良いのである。すなわち、恵みがあなたのうちにおける良い働き［ピリ1:6］を始めた動機であった以上、同じ動機は最後まで存続するであろう。もし神が私たちを救い始めたのが、私たちが善良だったからたとしたら、神はもちろん私たちが善良でなくなるとき、私たちを救うことをやめてしまわれるであろう。もし神が私たちを救い始めたのが、私たちの心がきよく、生き方が優雅であったからだとしたら、神は私たちがそのようなものでなくなるとき、おやめになるであろう。だが、神が私たちを救い始めた動機が、他のいかなる動機でもなく、私たちを救おうというご自分の主権的な決意でしかなかった以上、いかにしてそれが、私たちに起こる何かによって影響を及ぼされることがありえるだろうか？　ならば、この慰められる確信によりかかろうではないか。神の恵みによって、私たちは今の私たちになったのであり、神の恵みによって、いつの日かキリストの栄光にあずかる者となるのである。

　III.　この主題のこの部分については、もう語るまい。そのことについては、益になることを一時間でも話せるが、第三のこととして、私はあなたに、この聖句を《1つの甘やかな励まし》とみなしてほしいと思う。

　誰にとっての甘やかな励ましだろうか？　何と、まずは、教役者にとってである。愛する方々。今あなたがたに対して語っている者は、自分のことを、神の恵みの驚異であると感じている。そして、正直に、何の見せかけの謙遜さでもなく、あなたに対してこう云える。神がこの者を救ってくださった以上、この者は、全人類の中の他のいかなる者が救われる可能性をも疑ったことがない、と。はなはだしい類の外的な罪からは保たれていたものの、それにもかかわらず、私は何年もの間、自分自身の堕落ぶりを徹底的に感じてきたし、自分の内側に見てとった悪ゆえに暗黒の恐怖を感じてきた。それで私は、この場にいる、いかに絶望しきった魂にも共感できるのである。たといあなたが地獄の暗黒の扉の前に座っているとしても、私はあなたに、自分もそこに何箇月も座っていたのだと云うことができる。また、たといあなたが自滅しようという気分にさえなっているとしても、私はあなたをこう云って慰めることができる。私は、ヨブがこう云ったときに感じたみじめさを分かっている、と。「私のたましいは、むしろ窒息を選び、私の骨よりも死を選びます」［ヨブ7:15］。それでも私は、神の主権的な恵みによって救われたのである。その聖なる御名に栄光あれ！　たとい主が私を、悪魔そのひとにさえ福音を宣べ伝えるよう遣わしたとしても、私は信ずるはずである。神は彼をさえ回心させることがおできになる、と。私は彼が決して回心しないことを知っている。だが、もしも悪魔と同じくらい悪逆な人が誰かいるとして、また、福音がその人のもとに送られたとしたら、私は決してその人が心改めさせられ、最後には、贖われた人々の間に立つようにされる可能性について絶望しないであろう。私は知っている。この場にいる多くの人々は、かつて酔いどれであり、悪態をつく者であり、それよりも悪辣な者たちであった。だが、彼らはあわれみを得ている。イエスの尊い血によって洗われている。そして、自分の多くの罪がキリストのゆえに赦されたことを喜んでいる。それほどの苦境にいた人々は、この場にいる、いかなる大罪人の救いについても絶望しない。あなたは、罪の深みにのめりこんではいるが、かつては今のあなたと全く同じようであった別の人が救われるのを見てきたのである。では、なぜあなたが救われないことがあろうか？　人殺しであっても救われた者たちがいる。では、たといあなたの手が他人の血で赤く染まっていようと、なぜあなたが救われないことがあろうか？　最後の最後になって救われた盗人がいる。では、たといあなたが盗人であっても、なぜ救われないことがあろうか？　数多くのマグダラのマリヤたちが救われてきた。では、たといあなたがそうした悲しい姉妹たちの仲間に属しているとしても、なぜ救われないことがあろうか？　おゝ、あなたがた、絶望しながら地獄の門の前に横たわっている人たち。福音の銀の喇叭があなたの耳元で吹き鳴らされている。そして、それを吹いている者は、自分自身の魂の中で、その音色をずっと楽しんできたのである。説教者にとって自らこう云えることは何という励ましであろう。「神の恵みによって、私は今の私になりました」！

　また、救いはことごとく恵みによると告げられるとき、それはそれを聞く者にとって、何という励ましであろう！　もしキリストがあなたのもとに来て、「あなたは、これこれの数の善行を行なわない限り、救われることはできない」、と仰せになるとしたら、あなたがたの中のほとんどの人々にとって望みは全くないであろう。残念ながら、一部の人々は、そのような使信こそ自分にはうってつけのものだと考えるのではないかと思うが、彼らは自分たちがよほど多くの善行を行なってきたものと夢想しているのである。そうした迷妄を心にいだいている点で、そうした人々は、私が一度聞いたことのあるヒンドゥー教徒に似ている。彼は、自分がいかなる動物の肉も食べてはならない、さもなければ、滅びるだろうと信じていた。ひとりの宣教師が彼に云った。「そんな考えは馬鹿げていますよ。何と、あなたは一杯の水を飲むだけで、何千もの生物を飲み下さずにはいられないのですよ」。彼が信じなかったので、宣教師は一滴の水を取り、それを顕微鏡の下に置いた。その男がその水滴の中に無数の生物を見たとき、彼は何をしただろうか？　何と、彼はその顕微鏡を壊してしまった。それが、この件に関する彼の解決法であった。そのように、私たちは、「自分の行ないは純粋で、きよくて、すぐれています」、と云う人々に出会うとき、主の律法という偉大な顕微鏡を持ち出し、それをのぞき込んでみるよう彼らに告げる。そして、彼らが本当にそれを通して物を眺め、ただ1つの罪深い思念でさえ、自分を義とすることによって救われようとする彼らの望みを破壊することを発見するとき、また、彼らの祈りや、行為や、思念の1つ1つにおびただしい数の罪があることを見てとるとき、彼らはその説教者に怒りを発し、その顕微鏡を破壊しようとする。しかし、そうしたすべてにもかかわらず、真理は変わらない。「律法を行なうことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです」［ロマ3:20］。

　しかし、救いは恵みによって来る。罪人よ。それをつかむがいい。というのも、もし罪人たちが救われるのが恵みによるとしたら、なぜあなたが救われないことがあろうか？　もしある物がただで与えられるとしたら、誰ひとりとしてそれを受け取るのに貧しすぎる者はない。もしそれが慈善の施し物だとしたら、貧困は妨げというよりも取り柄である。私の主なる《主人》が行って告げるよう私に命じておられるのは、救いがあなた自身の感情による、ということではない。あなたが、正しい感じ方をすることは、正しいことを行なうのと同じくらい不可能であろう。だが、救いは全く神の恵みによっている。「しかし」、とある人は云うであろう。「私の心はかたくななのです」。ならば、それを柔らかくしてもらうため神のもとに行くがいい。「しかし、私は必要すら感じることができないのです」。ならば、必要を感じないまま行くがいい。というのも、必要を感じていないと感ずる人こそは、しばしば最も必要を感じている人だからである。「私はとうとう必要を感じるようになりました」、と云う人は、まだ根底にたどり着いていないことを示している。というのも、もしその人が根底に至らされていたとしたら、その人は自分には感情など全くないと感じるだろうからである。その人は、自分が呻けないことを呻き、嘆き悲しめないことを嘆き悲しむであろう。愛する方々。救われるためのふさわしさということについては、あなたは何も行なう必要はない。何者になる必要もない。何を感じる必要もない。むしろ、ただやって来て、無代価で、無料で、ただで、キリスト・イエスにある神の豊かなあわれみを受け入れるがいい。主はからっぽの罪人の満ち満ちた豊かさであり、死んだ罪人のいのち、滅びつつある罪人の救いであられる。私の知る中でも、いかなる真理にもましてあわれな罪深い魂を励まして祈らせ、悔い改めさせ、イエスを信じさせるものは、救いは最初から最後までことごとく恵みによるという、この真理にほかならない。使徒が恵みによって救われたように、私たち他のすべての者らもそうでなくてはならない。そして、あなたにとってもそうであるように！

　IV.　さて、しめくくりとして、私は本日の聖句が、《自己吟味のための1つの示唆》を私たちに与えていると思う。

　「神の恵みによって、私は今の私になりました」、とパウロは云う。そして、私は、あなたがたの中のすべての人々にこう自問してほしいと思う。「今の私はいかなる者だろうか？」　私の目は、あなたがた全員に達することはできないが、あなたがたは神の目があなたに注がれていること、また、あなたにこう問いかけていることを感じてほしいと思う。「今のあなたはいかなる者か？」　パウロは、今の彼がいかなる者かを私たちに告げているが、あなたは何者だろうか？　新生していない罪人だろうか？　赦されていない罪人だろうか？　悔悟していない罪人だろうか？　信仰を有していない罪人だろうか？　あなたは正しい札を貼りつけて、それを身に帯びようとするだろうか？　私は、あなたに貼りつけるべき何枚かの札を持っていたいとほとんど願いたいほどである。だが、あなた自身の良心にそうさせるがいい。そして、あなたが家に帰ったときには、自分の洋筆を取り上げ、今のあなたが本当はいかなる者かを書き記してもらえるだろうか？　あなたは罪に定められているか、いないかのどちらかである。自分がどちらかを書き記し、真実に直面するがいい。普通、いかなる人にもまして破産寸前になっている人は、自分の帳簿をあえて調べようとしない人である。そして、自分自身の心をあえて探ろうとしない人は悪人に違いない。では、愛する方々。今のあなたはいかなる者だろうか？　その問いによって、自分の吟味を始めるがいい。

　ここに別の問いがある。神の恵みについて、あなたはどれだけ知っているだろうか？　パウロは云う。「神の恵みによって、私は今の私になりました」。見ての通り、神の子どもの目印は、神の恵みによって、その人が今のその人になっているということである。あなたは神の恵みについて何を知っているだろうか？　「よろしい。私は自分の礼拝所にきちんと出席していますよ」。しかし、神の恵みについて、あなたは何を知っているだろうか？　「私は常に廉直で、正直で、真実で、礼儀正しい者でしたよ」。私はそれを聞いて嬉しく思う。だが、神の恵みについてあなたは何を知っているだろうか？　あなたは救われた魂ではないのに、それが必要ないと思っている。だが、いかなる者にもまして確実に失われているのは、自分が神の恵みを必要としないと考えている人々である。恵みはあなたを変えたことがあるだろうか？　「よろしい。私は洗礼によって新しく生まれましたよ」。しかり。私の見てきた非常に多くの人々は、洗礼によって新しく生まれたと云われていたが、私にはそうした人々と洗礼によって新しく生まれていない人々との間に何の違いも見てとったことがないし、他の誰にもそれはできないであろう。「あなたがたは新しく生まれなければならない」［ヨハ3:8］。あなたがた、洗礼を受けた異教徒たちもそうである。あなたは、福音が宣べ伝えられている国で一度も暮らしたことがなかった場合と同じくらい、神の恵みについて無知である。

　私はあなたにもう1つ率直な問いを発そうと思う。キリスト・イエスはあなたの唯一の希望だろうか？　あなたはこれまで、自分のしてきた一切のことには何の功績もないと感じさせられたことがあるだろうか？　あなたは神の恵みとあわれみの上に這いつくばり、イエス・キリストの御名によって、こう祈らされたことが一度でもあるだろうか？　「神さま。こんな罪人の私をあわれんでください」［ルカ18:13］。もしないとしたら、何があなたの希望だろうか？　もしも、あなたが考えている救いの問題において、神の恵みから出ていない何かがあるとしたら、人が偽造手形に対して行なったようなことをするがいい。それを地中に埋めて、そこから逃げ出すがいい。また、もしや誰かがそれをあなたのものだと考えないかと恐れるがいい。あなた自身の義は、きわめて忌み嫌うべきものであって、それはいかなる神聖冒涜とも同じくらい確実にあなたを罪に定めるであろう。そして、あなたが行なうべき最善のことは、それを埋めて、そこから逃げ出すことである。

　もしあなたが、自分は自分のなりたい者であると云えないとしたら、もしあなたが自分は神の恵みについて経験的に何か知っていると云えないとしたら、私があなたに発したい最後の問いはこうである。あなたを支配する原理は何でなくてはならないだろうか？　神の恵みはパウロを、今の彼にした。何があなたを今のあなたにしたのだろうか？　「よろしい。先生。私は私の隣人たちと同じくらい善良で、そのほとんど誰にも負けないくらい善良ですよ」。誰があなたをそうしたのだろうか？　あなたは自分で自分を作り上げてきた人だと思う。そして、事実問題として、あらゆる人は自分の創造者を礼拝するのである。それで、もしあなたが自分で自分を作り上げたと信じているなら、あなたが自分を礼拝しているとしても不思議はない。しかし、私が不思議に思うのは、あなたは自分が死んだときどこに行こうと期待しているかということである。あなたがた、一度も悪いことをしたことがなく、あまりにも善良であるため、《救い主》など必要としていない人たち。あなたは天国に行けると期待しているだろうか？　よろしい。もしあなたがそこに行けたとししたら、何をしようというのだろうか？　誰にも数えきれぬほどの大ぜいの群衆についてこう記されている。「彼らは、大きな患難から抜け出て来た者たちで、その衣を小羊の血で洗って、白くしたのです。だから彼らは神の御座の前にいて、聖所で昼も夜も、神に仕えているのです」［黙7:14-15］。しかし、もしあなたが、自分の衣は何の洗いも必要としなかったがゆえにそこに行き着けたとしたら、確かにあなたは自分の帽子を宙に放り上げて云うであろう。「よくやったぞ、自分！」　そして、それは天国の音楽に、いかなる不協和音を引き起こすことであろう！　全員がほむべき神を賛美しようとする、この群衆の間にあって、あなたは何と場違いな者に感じることであろう！　しかし、あなたはそうした自分の義を、それが出て来た穴の中に投げ込まない限り、決して天国には行けないであろう。というのも、そこには神が喜びをもって眺めることのできるものが全く何もないからである。それは高慢と無知とのむかつかされる混合物である。願わくは聖霊の光がそれを照らし、あなたにそれを厭わせ、忌み嫌わさせ、それから逃れさせてくださるように。また、御霊があなたに教えてくださるように。イエスのうちには、みもとに行くすべての魂のためのいのちがあり、赦罪があり、救いがあることを！　もしあなたが、「私自身の功績と能力によって、私は今の私になりました」、と云うなら、神があなたをその恐ろしい迷妄から救い出し、へりくだってご自分の愛する御子の功績と犠牲により頼む者としてくださるように！　そのようにしてあなたは救いを見いだし、神はその栄光を帰されなくてはならない。代々限りなく。アーメン。

　

パウロの挿入句［了］

ｽ

HOME | TOP | 目次