The Mission of the Son of Man

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人の子の使命

NO. 204

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1858年7月11日、安息日朝の説教
説教者：C・H・スポルジョン師
於王立サリー公園、音楽堂

「人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです」。――ルカ19:10

　いかに私たちの《主人》は、この甘やかな称号、「《人の子》」を好んでおられたことか！　そうしたければ主は常に、ご自分のことを《神の御子》とも、《永遠の父》とも、《不思議な助言者》とも、《平和の君》［イザ9:6］とも云うことがおできになったであろう。主には一千もの華麗な称号があり、それらは天の御座のように光輝いている。だが、主はそれらを用いたいとはお思いにならなかった。ご自分の謙遜さを表わし、ご自分のへりくだりを私たちに見てとらせたいと望まれたからである。まことに主は、負いやすいくびきと軽い荷をお持ちのへりくだったお方であられる［マタ11:29-30参照］。主は、神の御子と名乗ることをなさらない。むしろ常に、天から降って来た《人の子》であると語られた。私たちの《救い主》から、謙遜という教訓を学ぼうではないか。決して偉大な称号だの、誇らしい位階だのを求めないようにしよう。そうしたものなど、結局において、一匹のうじ虫を別のうじ虫から見分けるための、けちくさい区別でしかないではないだろうか？　それを最も多く有している者も、やはりうじ虫であり、性質上は自分の同胞たちに何らまさっていないのである。はるかにすぐれた名称をいくらでも有しておられたイエスが、ご自分のことを《人の子》と呼ばれた以上、私たちも身分の低い者［ロマ12:16］に合わせてへりくだることを学ぼうではないか。へりくだる者は、ちょうど良い時に高くされる［Ｉペテ5:6］ことを私たちは知っているのだから。しかしながら、《人の子》というこの名前には、それよりも甘やかな思想が含まれていると思う。私にはこう思われるのである。キリストは、人間性を愛するあまり、常にそれに誉れを帰すことを願っておられたのだ、と。そして、人間性にとってこの世の何にもまさる高貴な誉れ、しかり、実際その最高の威光となるものは、イエス・キリストが《人の子》となられたことである以上、主はこの名前を喜んで明らかに示そうとしておられるのである。そのようにして、いわば人間性の胸に綺羅星のような勲章をつけ、その頭に一個の冠を載せてくださるのである。《人の子》――主がこの言葉を口にしたときは常に、アダムの子らの頭部から後光を射させてくださったように思われる。それでも、ことによると、そこにはさらに麗しい思想があるかもしれない。イエス・キリストが《人の子》と名乗ったのは、人間となることを愛されたからであった。天からやって来て受肉することは、主にとって大きく身を卑しめることであった。徹底して身を卑しくしてへりくだらせたからこそ、主は御使いたちの立琴や、智天使たちの歌を後にして、ご自分の創造された粗野な群衆と入り混じられたのである。しかし、それはへりくだりではあったが、主はそれを愛された。あなたも思い出すだろう通り、受肉されたとき主は、暗闇の中ではそうされなかった。神はひとり子をこの世界に送り出すとき、こう云われた。「神の御使いはみな、彼を拝め」［ヘブ1:6］。それは天国で告げられた。それは、イエス・キリストが人知れず夜間に行なう暗い秘密として行なわれはしなかった。むしろ、神の御使いはみな、《救い主》の降臨を目撃させられた。《処女》の乳房にすかりつき、飼い葉桶の中に横たえられる、一手幅ほどの幼子となっての降臨を。そして、その後ずっと、――また、今でさえ、――主は決してご自分が人間であると告白することに赤面されなかった。ご自分の受肉を振り返って後悔することなど決してこれっぽっちもなかった。むしろ、常に喜ばしい回想をもってそれをご覧になった。《人の子》となったことで、ご自分をこの上もない果報者であると考えておられた。誉れあれ、ほむべきイエスよ！　私たちには分かります、いかにあなたが私たちの種族を愛されたかが。私たちには理解できます、いかにあなたの選ばれた者らに対するあなたのあわれみが大きいかが。というのも、あなたは絶えずこの甘やかな名前を用いておられるからです。選びの民があなたの骨の骨、あなたの肉の肉であること、あなたが彼らのひとりであり、兄弟であり、買い戻しの権利のある親類であることを認めるこの名前を。

　本日の聖句は、私たちの《救い主》の宣言として、こう告知している。すなわち、主が――《人の子》が――やって来られたのは、失われた者を捜して救うためなのだ、と。今朝あなたがたに語りかけるに当たり、私はこの講話を単純に次のように区分したいと思う。――第一に、自明の真理として明言したいのは、この世にやって来られたキリストの意図がいかなるものであったにせよ、決してその意図が挫折しないことは確実であるということである。それから第二のこととして詳しく調べたいのは、この聖句の中で告知されているキリストの意図、すなわち、「失われた人を捜して救う」ということである。それから、しめくくりとして、私たちの《救い主》がこの世に来られた意図が、「失われた人を捜して救う」ことにあったことをもとにして、慰めの言葉を1つ、そして、もしかすると警告の言葉を1つ引き出したいと思う。

　I.　あなたも承知している通り、キリスト者たち全員の間には、私たちの主イエス・キリストの贖いに関して、これまで非常に大きく議論されてきた。ある部類の人々は、いわゆる一般救済を信じており、こう断言している。キリストがご自分の死において意図しておられたのは、全体として考えられた人間たちの救いだったのだ、と。しかしながら、そうした人々が見落としているのは、その場合、キリストの意図がある程度まで挫折するだろうという事実である。私たちの中の他の者らは、いわゆる特定救済という教理を信奉している。私たちの考えるところ、キリストの血には無限の価値があるが、キリストの死は決して万人の救いを意図してはいなかった。というのも、もしキリストが万人の救いを志しておられたとしたら、これまで万人が救われてきたはずだと私たちは考えるからである。キリストの死の意図は、その効果と全く等しいと私たちは信じる。それゆえ、今朝は、私が自明の真理とみなすものを告知することから始めたいと思う。すなわち、この世に来られたイエス・キリストの意図がいかなるものであったにせよ、その意図は間違いなく成就するはずだ、ということである。

　しかし、この教理を補強するいくつかの議論をも用いることにしたい。思慮深い人であればみな、この教理が告知された瞬間に、それを好ましく思うだろうと信じるものではあるが。

　まず最初に、成し遂げられもしないことを神が意図するなどということは、神という観念そのものと矛盾している。人間を眺めれば、それがはなはだ愚かさに迷わされ、はなはだ力に乏しいものであることが見てとれる。だから私は、建物を築き始めたいかに多くの人々がそれを完成できなくとも驚きはしない。あまりにも多くの人々が、初っ端で費用を計算していなかったために、中途で頓挫してしまうが、それも私は異としない。人間の支配を越えたものがいかに数多くあるかを思えば、時として人が計画しても、その計画とはまるで異なることを神が決されても驚くことはない。私が見るに、人間とは一日で消え失せる虫であり、存在という枯葉の上に乗った蜻蛉でしかない。そして、被造世界という大海の中の水一滴としての人を見るなら、人が野心的になって時として自らの内側に壮大な計画を立てるとき、それが成し遂げられなくとも不思議はない。《摂理》と運命の車輪は、しばしば人の意志の一切の跳ね回りとは正反対に回転するからである。しかし、「わたしは、『わたしはある。』という者」［出3:14］という御名の神について考えるとき、――この自立自存の神――その中で私たちが生き、動き、また存在している［使17:28］お方――とこしえからとこしえまで《全能の神》であられるお方――無限の空間を満たし、あらゆる力と勢いを有し、すべてのことを知り、知恵に満ち満ちておられるお方としての神について考えるとき、このような神の観念と、神がその意図の一部分でも果たし損なうという想定とを私は結びつけることができない。あることを意図しても、その意図を果たし損なうなどという「神」は、神でも何でもなく、むしろ、私たちと大差ないものと思われよう。ことによると、力においては優越しているかもしれないが、確かに礼拝を受ける資格などない。エホバのようにまことにして真の神として少しでも私に考えることのできる神は、意志すればそれが成し遂げられ、語ればそれが行なわれ、命令を下せばそれが堅く立ち、永遠に天国で定まるというようなお方以外にない。それゆえ、イエス・キリストが神の御子であられる以上、その贖罪と贖いにおいて、主の現実の意図と願望が少しでも挫折することがありえるなどということは想像できない。もし私がソッツィーニ主義者で、イエス・キリストを単なる人間であると信じていたとしたら、もちろん、彼の贖いの結果が不安定なものであると想像することはできたであろう。だが、イエス・キリストがまことの神よりのまことの神［ニカイア信条］、御父と同等にして等しく永遠であられるお方であると信ずる以上、私は、増上慢と冒涜の罪を犯さない限り、エホバなるイエスの御名と、主の死における志が成し遂げられないままになるなどといういかなる疑念をも、あえて結びつけようとは思わない。

　しかしまた、私たちの前には、これまでのところ、神のあらゆるみわざがその目的を成し遂げてきたという事実もある。神が、そのしもべたちの唇によって1つの預言を発されたときには常に、それは確実に実現してきた。その目的を成し遂げる手段は、しばしば人間たちの中でも最も党派心が強く反逆的な者たちであった。彼らは、神に仕えようという意志など全く持ち合わせていなかった。神の律法に背いていた。だが、注目すると分かるように、彼らが荒れ狂って驀進していたとき、神の轡はなおも彼らの口にはめられており、神の手綱はなおも彼らの顎に結ばれていたのである。一個の君主が海のレビヤタンのように行動していた。彼は自分の好きな所どこへでも赴いた。人々の子らの間では強大な者と見えていた。人類の残りの者らはみな雑魚であったが、彼は巨大なレビヤタンであった。だが、私たちは悟るのである。神が彼の考えを上から支配しておられ、彼が神の会議室の中にあり、彼の最も狂気じみた野心的思弁も、結局において、エホバの断固たる聖定を成就するものでしかなかったことを。地のすべての国々を眺めわたして、私に告げてほしい。神の預言に1つでも外れたものがあっただろうか？　今なお神はこう仰せになれるではないだろうか？　「それぞれ自分の連れ合いを欠くものはいない」［イザ34:16］、と。神のことばは、すべて確実に成し遂げられてきた。地の王たちは相ともに集まり、主と、主に油を注がれた者とに逆らった。「さあ、彼らのかせを打ち砕き、彼らの綱を、解き捨てよう」。しかし、天の御座に着いておられる方は笑われた。主はその者どもを嘲られた［詩2:2-4］。なおも主はご自分の主権的なみこころを行なわれた。彼らが好き勝手に何を行なおうと、神は彼らすべての上にいて、常に統治し、支配しておられた。では、もし摂理における神の目的が一度たりとも決して挫折したことがなかったとしたら、イエス・キリストの栄光に富む犠牲における神の目的が無益で無効なものになるなどと想像すべきだろうか？　もしあなたがたの中の誰かが、ひどい知性の歪曲に陥り、より小さなみわざの方は成し遂げられても、より大きなみわざの方は果たされ損なうだろうなどと考えているとしたら、あなたのことは好き勝手にさせておくしかない。あなたを相手に議論はできないであろう。あなたには議論が理解できないのだと思う。確かに、もし《主人》にして、《審き主》にして、《王》である神が、この下界で――単に人間たちの創造と保持において――あらゆることをみこころのままに行なって来られたとしたら、神ご自身が高い天から身を屈めて、ご自分の心血をささげて私たちの贖いを行なおうとされたとき、そのことで神が裏をかかれるなどということは一瞬といえど夢にも思うべきではない。しかり。確かに地上と地獄は逆らい立っているが、十字架上のイエスのあらゆる目的は完成されるはずであり、その代価の支払いは「完了した」［ヨハ19:30］。だから、買い取りも完了されるはずである。手段が完全に供されたように、目的もその一点一画に至るまで成し遂げられるはずである。

　しかしまた、私はあなたに十字架の足元に立つよう、そして、イエス・キリストを眺めるよう勧めたい。それから、あなたに問おう。果たしてイエス・キリストが少しでも無駄死にしたようなことがありえたのか、と。さあ、信仰者よ。ゲツセマネの園に身を置き、その暗い橄欖の茂みに身を隠して、向こう側で苦悶している人に耳を傾けるがいい。あの呻き声が聞こえるだろうか？　それは、受肉された神の呻き声なのである。あの吐息が聞こえるだろうか？　それは《人の子》の吐息なのである。万物の上にあり、とこしえにほめたたえられる神［ロマ9:5］がため息をついておられるのである。あの大きな叫び声が聞こえるだろうか？　あの涙が見えるだろうか？［ヘブ5:7］　その叫び声と涙は、その御父と同等でありながら、へりくだって人間となられたお方のものなのである。立つがいい。この方が立たれた。ユダがこの方を裏切り、連れ去って行く。その地面を眺めるがいい。その血糊のしたたりが見えるだろうか？　それは、人間キリスト・イエスの血の汗である。どうか、この問いに答えてほしい。そのゲツセマネの園に立ち、その冷え冷えとした真夜中の白い霜に血の凝塊が染みているのを見ながら、あなたには信じられるだろうか？　そうした血の塊の1つでも水泡に帰し、その目的を果たせなくなるなどということが。おゝ、キリスト者よ。あなたの教理的な意見はいかにあれ、そのような問いに対して、「はい」、と云えるものなら云ってみるがいい。あなたに想像できるだろうか？　受肉した《神格》の血管から流れた血の汗の一滴でも水泡に帰して、事を仕損じるなどということが。何と、愛する方々。神の口から出るそのことばは、むなしくみもとに帰っては行かない［イザ55:11］。《神格》の腰から出た《大いなる神のことば》は、いかにいやまして、神から遣わされた際に与えられた目的を成し遂げ、神から任命されて行なった働きに成功するはずではないだろうか？

　しかし、今、私とともにあの総督官邸［ヨハ18:28］へと来るがいい。見るがいい。そこであなたの《主人》が、一群の野卑な兵隊どもの真中で、嘲りの的となっているのを。あなたに見えるだろうか？　いかに彼らがそのほむべき頬につばきを吐きかけているかを。いかに主の髭を引き抜き、主を拳で殴りつけているかを。あなたに見えるだろうか？　あの茨の冠と、その紅玉の血の滴りとを。聞けよ！　あの群衆の叫びが耳に入るだろうか？　「十字架だ。十字架につけろ」［ルカ23:21］。そして、今そこに立ち、ピラトが引き出したばかりのこの方を眺めるがいい。まだあの鞭の乱打によって血を流し、恥辱と、つばきと、嘲りで覆われているお方を。そして、この「Ecce Homo（さあ、この人です）」［ヨハ19:5］が突きつけられるとき、あなたは信じようというのだろうか？　この受肉した神の御子が、このように人間たちと、御使いたちと、悪霊たちとの晒し者にされながら、しかし、その志を成し遂げ損なうなどということを。あなたに想像できるだろうか？　その鞭の一打ちでも、その目当てを果たしそこなうなどということを。イエス・キリストがこのような恥辱とつばきの吐きかけを受けたというのに、それよりはるかに悪いものを――ご自分の意図が実現されないという失望を――耐えなくてはならないなどということがあるだろうか？　否。絶対にそのようなことがあるはずはない！　ゲツセマネとガバタにかけて、私たちは誓ってこう強く信じなくてはならない。キリストがその死によって志されたことは確実に成し遂げられるに違いない、と。

　そしてさらに、主がその十字架にかかっておられる姿を見るがいい。釘は主の御手と御足を刺し貫いており、焼けつくような太陽の下で主は吊り下げられている。――吊り下げられたまま死のうとしている。嘲りはやんでいない。なおも彼らは舌を突き出し、主に向かって頭を振っている。なおもこう云ってなじっている。「もし、神の子なら……十字架から降りて来い」［マタ27:40］。そして今、主の肉体的苦痛が増し加わるそばから、主の魂の苦悶は死ぬほどすさまじいものとなる。キリスト者よ。あなたは、キリストの血が無駄に流されたなどと信じられるだろうか？　主の御手、あるいは、御足からしたたり落ちる、その尊い一滴一滴が見えるだろうか？　そして、それが水泡に帰して、そこで消え失せてしまったなどと信じられるだろうか？　嘘ではない。海水が海からなくなり、太陽が古びてかすむようなことがあろうと、私には決して想像することができない。イエスの血の価値、功績、効力が少しでもすたれたり、その目的を成し遂げずに終わるなどということは。このことは、私にとって真昼のように明らかである。《救い主》の死の志は、たとい何があろうとも確実に成就されるに違いない。

　他に百もの議論を用いることができよう。私はキリストのあらゆる属性を示してこう云うことができよう。それらは、主の目的が成し遂げられなくてはならないことを宣言している、と。主は確かに、失われた者を救おうというご自分の志を成し遂げるに足るだけの愛をお持ちに違いない。主には底なしの、測り知れない愛があるからである。それは、かの底知れぬ穴そのものとと全く同じくらい深い。確かに主は、ご自分の志を成し遂げることに何の異存もないに違いない。というのも、「わたしは生きている。――主の御告げ。――わたしは、だれが死ぬのも喜ばないからだ。むしろ、彼がわたしに立ち返って、生きることを望む」*［エゼ18:32参照］。そして、確かに主が力不足のために失敗することはありえない。全能のお方に関する限り、力に欠けることはありえないからである。やはりまた、その志に思慮が欠けていたため成し遂げられないこともありえない。神の志に思慮がないことなどありえないからである。それが神から出たものだというだけの理由からそうである。――すなわち、――それは無限の知恵から出たものだからである。キリストのご性格によっても、あるいは、この広大な世界全体の中で見受けられるいかなるものをもってしても、一瞬たりとも私は、キリストが死んだのに、後でこのように云われることがあるなどとは想像できない。「この人は、ある目的のために死んだが、決してそれが成し遂げられるのを生きて目にすることはなかった。彼が死ぬことで目指したものは部分的にしか成就しなかった。彼は、自分のいのちの激しい苦しみの後［イザ53:11］を見ても満足しなかった。というのも、自分が贖おうと意図した者たちのすべては贖われなかったからだ」、と。

　さて、ある人々が普遍的贖罪の教理を愛するのは、彼らの云うところそれが非常に美しいものだからである。キリストがあらゆる人々のために死なれたというのは麗しい考えである。それは、本能的に人間性に好ましい印象を与えるという。そこには喜びと美しさに満ちたものがある。私もそれは認める。だが、美しさはしばしば偽りに結びついている。普遍救済論には私も称賛できるだろう点が多々あるが、その想定が必然的に何を伴うか告げさせてほしい。かりに十字架上のキリストが、あらゆる人を救おうと意図したとしたら、それは、ご自分が死ぬ前に罪に定められていた者たちを救おうと意図されたことになる。なぜなら、もし主がすべての人のために死んだというこの教理が正しいとしたら、主は、ご自分がこの世にやって来る前に地獄にいた、一部の人間たちのためにも死なれたことになるからである。というのも、疑いもなく、そこにはすでにおびただしい数の人々が落とされていたはずだからである。さらにまた、もしすべての人々を救うことがキリストの意図だったとしたら、いかに嘆かわしいしかたで主は失望したことか！　というのも、主ご自身の証言によれば、火と硫黄との燃える池［黙21:8］というものがあり、その穴の中には、まさに主の血によって買い取られたとこの説が語る者たちの一部が投げ込まれるに違いないからである。私にすれば、このことの凄惨さにくらべれぱ、カルヴァン主義的な、また、キリスト教的な特定救済に結びついているとされる恐ろしさの方が、一千倍もましに思われる。私の《救い主》が地獄にいる人間たちのために死なれたなどと考えるのは、私には想像することもできないほど恐怖すべき想定と思われる。主が人々の子らの身代わりとなり、神がまずその身代わりを罰した後で、もう一度人々を罰したなどということは、いかなる正義の理論とも相容れないように思われる。人々のもろもろの罪のための贖罪と賠償をキリストが差し出し、その後で当のその人々が、すでにキリストによって贖われたはずの罪ゆえに罰されるなどという、この上もなく驚くべき極悪非道さは、サトゥルヌス*1や、ヤヌス*2や、左様、サグ*3どもの「神」や、異教の中でも最も悪魔的な神々のいずれかについてであれば、帰されてもかまわないだろうと思う。だが、義にして全知のエホバについては、絶対にそのように考えてはならない。キリストが人間に成り代わって苦しみをお受けになった以上、神は真実で正しい方であり、私たちのもろもろの罪を赦し、すべての悪から私たちを救ってくださる［Ｉヨハ1:9参照］。

　II.　ここまで述べたところが、私の第一に述べたい思想である。キリストの死の意図が挫折するはずはない。そこで今、あらゆる人が一心に聞こうとし、あらゆる耳が澄ましているであろう。あらゆる心が1つの問いかけを発しているであろう。《救い主の死はいかなることを意図していたのか？　また、私がその分け前を受けることなど可能だろうか？》　では、誰のために《救い主》は死なれたのか？――また、主が差し出し出されたこの大いなる贖罪に私があずかり、その分け前を受ける望みなど一縷でもあるだろうか？　愛する方々。本日の聖句は、その問いかけに対する答である。――「人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです」。さて、本日の聖句は2つのことを告げている。――最初のこととして、《救い主》の贖罪の対象が、失われた人だということである。二番目のこととして、その贖罪が何を目指していたかである。主がやって来られたのは、捜して救うためであった。

　今ここで私は、《救い主》の贖罪の対象となる人々を努めて抜き出さなくてはならない。主が来られたのは、「失われた人を捜して救うため」であった。あなたがたの中のある人々は、ここでたちまち横を向いて、こう結論して良い。自分はこれまで、キリストの死の分け前を受けるべき何の証拠も示したことがない、と。あなたがたは非常に善良な種類の人々であり、大して間違ったことは決して行なったことがない。――多少は時たま行なったことがあるかもしれない。だが、良心を苦しめるようなことは特に何もしたことがない。あなたは、自分が確実に天の御国に入るはずだと思い込んでいる。隣人たちよりも決して悪人ではないからである。そして、もしあなたが救われないとしたら、他の人々に神の御助けあらんことを！　というのも、もしあなたが天国に行かないとしたら、誰が行くというのか？　あなたは、自分のあれこれの善行により頼んでおり、自分が義人だと信じている。さて、私は即座にあなたに判決を下すことにしよう。失われた人の間に身を置くことなど恥だとあなたが思っている以上、私は決してあなたにキリストのことを宣べ伝えることができない。あなたが、自分は失われた人ですと認めてやって来ない限りそうである。というのも、キリストご自身が私たちに告げておられるからである。主がやって来られたのは、「正しい人を招くためではなく、罪人を招くため」［マタ9:13］である、と。そして、あなたが正しい人に属しており、自分の善良さや卓越さにより頼んでいる限り、踵を返して立ち去って良い。というのも、キリストの血には、自分で自分を義とすることにより頼みながら生き、そして死ぬ人々のための分け前は何もないからである。

　しかし、私はあなたがたの中の別の部分をも退けて良いであろう。あなたがたの中のある人々は今こう云っている。「よろしい。先生。私は自分に咎があると分かっています。ですが、それでも私は、こう確信していますよ。今後は一所懸命に神の律法の云うことを聞くようにすれば、自分の咎の落度を取り去ることができる、とね。私は、これからは心を入れ替えます。そして、教会のお式にもきちんと毎回出席することにして、神と人の間で何が良いことか悪いことかに細心に気を配り続けるなら、疑いもなく過去のもろもろの罪の償いができるに違いありません」。あゝ、愛する方よ。これまでのところ、あなたは、少しでもキリストの死の分け前を得ているという望みを全く示していない。キリストがやって来て死なれたのは、キリストを抜きにして自分で自分を救える人々のためではなかった。もしあなたが、自分自身を救えると思っているとしたら、覚えておくがいい。あわれみの扉はあなたの面前でぴしゃりと閉ざされるということを。キリストは、天からの衣をもたらすために来られたが、それは自分で紡ぐことのできるあなたのためではない。主は飢えた者へのパンをもたらすために来られたが、自力で種を蒔き、刈り取りをし、パンを作ることのできるあなたには、その一片をもお与えになるまい。キリストは無力な者を助けてくださるが、自分で自分を助けることができる者、自分自身の力や功績で十分に天国に行けるという者たちは、できるものなら、自分ひとりで活路を見いだすがいい。――そうした者たちは、主から何の助けも受けられない。それでは、キリストはいかなる者を救おうとして死なれたのか？　この箇所によれば、主がやって来て救おうとされたのは、「失われた人」である。

　さて、ぜひともよくよく耳を傾けてほしい。これから私は、失われている人のいくつか異なるあり方をざっと述べて行こうと思う。そうした後で、しめくくりとして、その用語がしかるべき意味で用いられていることに注目し、キリストはまさにそのような者のために死なれたのだと確言したい。知っての通り、すべての人はアダムにあって失われている。私たちは、この世に生まれ出た瞬間から失われている。幼子の小さな帆船が人生という川に乗り出すとき、それは失われている。《主権の》恵みがその手を差し伸べて、その子を幼児期のうちに救って天国に連れて行くか、あるいは、その後、その子が大きくなってから救うかしない限り、――その幼子は失われている。「ああ」、とダビデは云う。「私は咎ある者として生まれ、罪ある者として母は私をみごもりました」［詩51:5］。「アダムにあってすべての人が死んでいる」［Ｉコリ15:22］。アダムの《堕落》は、人類の堕落であった。だから、あなたや私は、そして私たち全員は、破滅した状態にあるのである。

　さらに、私たちはみな実経験において失われている。子どもが善悪をわきまえるようになるや否や、たちまち分かる通り、子どもは悪を選び、善を忌み嫌うものである。幼児がやたらと癇癪が起こすことは、にわか雨の後にたちまち雑草が生えてくるようなものである。心の隠れた堕落性はすみやかに姿を現わし、私たちは罪を犯すようになる。だから私たちは実経験において失われているのである。しかし、気をつけてほしいが、人はアダムにあって失われ、実経験において失われていても、必ずしもキリストによって救われるとは限らない。だが、キリストはあなたを救うことがおできになる。あなたは二重に失われているが、主の救いはあなたを死から贖い出すことができる。

　それから、ある人々は、それよりさらに踏み込んでいる。この罪という致命的な木は高く高く伸びて行き、ある者の場合、教会から失われてしまう。私たちの真中で敬虔に育て上げられた後で、その人たちは道をそれて行く。神礼拝を外的に敬うことは全くなくなり、福音が語られる場に行くことは怠るようになり、祈りの家は見捨てられる。そこで教会はその弔いの鐘を鳴らして、そうした者について云うのである。「この者は、もはや教会から失われた」、と。一部の者らは、それよりさらに踏み込んで、もはや社会からも失われてしまう。私は、生きながら死んでいる多くの人々を見たことがある。この町の真っただ中には遊女や酔いどれたちがおり、彼らはイスラエルの宿営におけるらい病人のように、外へ追い出されなくてはならない。その感染が広まるといけないからである。そして、正しいことを追い求める人々には、彼らから身を遠ざける義務がある。群れの真中でそうした悪がはびこるといけないからである。さて、社会から失われている多くの人々を救うためにイエス・キリストはやって来たし、事実お救いになる。しかし、人は社会から失われていると同時に、永遠に失われていることがありえる。その人がこのように失われているからといって、決してそれがキリストから救われる証拠にはならない。その一方で、決してキリストから救われない証拠にもならない。キリストは、このように失われた人を救うために来られたからである。また、人はさらに踏み込んで、家族から失われることがありえる。私たちの知っているある人々は、あまりにも下劣な者となり果ててしまったために、社会から締め出されただけでは足らず、親から縁を切られざるをえなくなる。ある罪の結果、父親が息子に向かって次のように云わなくてはならないとしたら、それは実際、地獄のように極悪な罪に違いない。「息子よ。わしに蓄えがある限り、お前が飢えることはないようにしてやろう。だが、わしの家への出入りは差し止めなくてはならん。お前の兄や妹たちには、お前とのつき合いは耐えられないからだ。お前との交わりを許したら、あれたちの魂は破滅する気がするのだ」。さて、人はこのよう自分自身の家族から失われることがありえるが、しかし主権的な恵みはその人を救うであろう。しかし、よく聞くがいい。人は自分の家族から失われていても、しかし救われないことがありえる。しかり。それは、その人がずっと重い罪に定められる理由となりえる。母の祈りに背き、父の勧告に逆らって罪を犯したからである。

　さてここで、キリストがいかなる人々をお救いになるかを告げることにしよう。――それは、自分から見て失われている人々である。ちょっと想像してみてほしい。ある船が海上で嵐に遭遇しているとしよう。その船は水漏れがしており、船長は乗客たちに、残念ながらわれわれは失われたのではないかと思います、と告げる。もしも海岸から遠く離れたところで漏れ口ができたとしたら、彼らは少しでも力の続く限り、吸水器で水を汲み出そうとする。猛烈な水の勢いを押さえようと努力し続ける。吸水器を使う力がある間は、船が完全には失われていないと思う。だが、ついに彼らは船が救いようもないものだと見てとる。それが失われたものとあきらめ、端艇に飛び乗る。その端艇は何日も波に打ちつけられ、人を満載しているのに食糧がほとんどない。「彼らは失われている」、と私たちは云う。「海上で失われている」、と。しかし、彼らはそうは思わない。なおも望みをいだいているのである。偶然どこかの船が通りかかり、自分たちを拾い上げてくれるだろう、と。水平線に一隻の船が見える。彼らは目を見張ってその船を見つめ、互いに希望を燃え立たせる。彼らは旗を振る。自分たちの服を裂いて、注意を引くような何かを作る。だが、その船は通り過ぎてしまう。真っ暗な夜がやって来て、あらゆるものから見放される。ついに食糧の最後の一口が食べ尽くされる。力が抜け落ち、彼らは救命艇の櫂を投げ出し、折り重なって死ぬばかりとなる。そのときには、あなたも想像できるであろう。彼らが、この言葉――「失われた」――のすさまじい意味をいかに良く理解するかが。多少とも力が残っている限り、彼らは失われたとは感じなかった。船が一艘でも目に見える限り、まだ望みはあると感じていた。まだ一個でもかび臭い乾パンが、あるいは、一滴でも水が残っているうちは、完全に失われたとあきらめはしなかった。今や乾パンはなくなり、水はなくなっている。今や力はなくなり、櫂は放り出されている。めいめいが折り重なって死ぬことになる。それは骸骨たちでしかない。人生の楽しみがみななくなったとき死んでいたとしたら、すでに何日も前に死んでいたはずのしろものである。私は云うが、今や彼らは知っている。失われているとはいかなることかを。そして、どこまでも広がる、そのすさまじい大海原の一面で、自分たちの死の鐘がこの恐ろしい言葉を鳴り響せているのが聞こえるように思える。失われた！　失われた！　失われた、と！　さて、霊的な意味で、こうした人々を救うためにキリストは来られたのである。罪人よ。あなたも罪に定められている。私たちの《父祖》アダムは、この船の針路を正道からそらしてしまった。そして、それは、岩礁によって船底を引き裂かれ、今や舷側まで水で満杯になっている。そして、哲学がいかに力を尽くして汲み上げようとも、決して人間の堕落性という海水を減らして、船が沈まないようにすることはできない。それは人間の性質そのものが失われていることを見てとり、端艇に頼ることにした。それは麗しい端艇で、その名も《善良な努力》号という。そして、あなたは、渾身の力を込めてこの端艇を漕いでは、海岸に辿り着こうとしている。だが、あなたの力は続かない。あなたは云う。「おゝ、私には神の律法が守れない。守ろうと努めれば努めるほど、そうすることが不可能だという気がしてくる。上へ登れば登るほど、私の上の頂は高くなる。低地にいたときには、この山がなだらかな丘のように思っていたが、上り道の半分ほども来たかと思える今や、――これは雲よりも高く聳え、頂上の見分けもつかない」。しかしながら、力を奮い起こしてあなたは、もう一度試してみる。再び漕いでみる。そして、とうとう何事もできなくなり、自分の櫂を置いては、もし救われるとしたら、それは自分の働きによってではありえないと感じる。それでもあなたには少しは希望が残っている。あれこれの儀式に出席すれば救われることができると聞いたことがあるのである。それで、自分の固くなった乾パンをモグモグ食べる。だが、それもとうとう尽きてしまい、バプテスマも、主の晩餐も、他のいかなる外的な儀式も自分をきよめることができないことに気づく。このらい病は内側の根深い所にあるからである。そうした後でも、あなたはなおも目を見開いている。一艘の船がやって来るかもしれないと希望をいだき、絶望の海に浮かぶ間に、遠方に何か新しい教義があるのを感知したように思う。何か自分を慰めてくれるような清新な教理があるような気がする。しかしながら、それは朽ち果てた幽霊船のように通り過ぎてしまう。――それは消失し、ついにあなたは取り残される。神の復讐という焼きつけるような空にのしかかられ、底知れぬ地獄という深海を下にしている。あなたの心の中には炎があり、かつては希望に満ちていたその舟の中にはむなしさが広がる。あなたは絶望して横たわり、こう叫ぶ。――「主よ。助けてください。さもないと、滅びそうです！」　それが今朝のあなたの状況だろうか？　愛する方々。あるいは、一度でもそうした状況に陥ったことがあるだろうか？　そうだとしたら、キリストがこの世に来られたのは、あなたを捜して救うためである。そして、あなたをキリストは救い、他のいかなる者をもお救いにはならない。主がお救いになるのは、ただこの肩書き――「失われた」――をまさしく自らのものとできる者たちだけである。自分自身の魂の中で、自己信頼や、自己依存や、自分期待といった一切のことにおいて、失われているとはいかなることかを理解した者たちだけである。私は振り返ることができる。この私自身が失われていると身にしみていた時のことを。私は、神が私を滅ぼすつもりなのだと思っていた。自分が失われていると感じていたために、自分は《全能者》の復讐の特別なえじきなのだと想像した。というのも、私は主にこう申し上げたからである。「あなたは、私を立てて［ヨブ16:12］あなたのあらゆる矢の的とされたのですか？　私は海でしょうか、海の巨獣でしょうか？［ヨブ7:12］　あなたが私に狙いをおつけになるとは。あなたは、私のもろもろの咎を袋の中に［ヨブ14:17］縫い込み、私のそむきの罪を封印で封じ込められたのですか？　決していつくしみを賜らないのですか？　私をあらゆる悲しみの中心とし、天から永遠に呪われるべき者として選ばれたのですか？」　あゝ！　何と私は愚か者だったことか！　そのときの私はほとんど知りもしなかったが、自らのうちに呪いを有している者たちこそ、神が祝福なさる者たちなのである。――私たちは、自らの中に死刑宣告を有しており、自分自身に信頼すべきではなく、私たちのために死んでよみがえられたお方に信頼すべきなのである。さあ、もう一度この問いかけを発してみよう。――あなたは、自分が失われていると云えるだろうか？　あなたは、今までこの荒野の世を行く隊商とともに旅をしていただろうか？　だが、その隊商や同行の者たちから離れて、砂の海のただ中に取り残されているだろうか？――望みなき、乾燥しきった荒れ地の中に。そして、自分の回りを眺めるとき、何の助け手も見えないだろうか？　周囲を見回しても、頼みとなるものが何も見えないだろうか？　空には死の鳥が弧を描きながら、喜びの叫びを上げているだろうか？　じきにあなたの肉と骨を餌にできると期待してそうしているだろうか？　皮袋の水は干上がり、パンは尽きてしまっているだろうか？　あなたはひからびた干し芋を食べ尽くし、皮袋のまずい水を飲みきってしまっただろうか？　また、今のあなたには望みがなく、自分を頼りにはできず、絶望して倒れ伏さんばかりとなっているだろうか？　いま聞けよ！　あなたの神、主はあなたを愛しておられる。イエス・キリストは、あなたをご自分の血で買い取られた。あなたは主のものであり、主のものとされるはずである。主は、あなたをずっと捜しておられた。そして、とうとうこの広大な、獣の吠える荒地［申32:10］であなたを見つけられたのである。そして、いま主はあなたをご自分の肩にかつぎ、喜びながらご自分の家へと連れ帰られる。そして、御使いたちはあなたの救いを喜ぶはずである［ルカ15:10］。さて、そうした人々は救われるに違いなく、救われるはずである。イエス・キリストがやって来て救おうとされた人々は、そうした者と描写されているのである。主は、やって来て救おうとされた者たちをお救いになる。あなたがた、失われた人たち。――あらゆる望みと自己信頼から失われた人たちは救われるはずである。死と地獄が立ちはだかろうとも、キリストはご自分の誓いを果たし、その志を成し遂げるであろう。

　もう間もなくこの講話をしめくくることにしたいが、ここで注目しなくてはならないのは、《キリストの死が何を目指していたか》である。――主が来られたのは、「失われた人を 捜して 救うため」であった。私は、その2つの言葉がここにあることを非常に嬉しく思う。というのも、そうでない場合、私たちの中のいかなる者にとっても何の希望があるだろうか？　アルミニウス主義者によると、キリストが来られたのは、主を求める者たちを救うためであったという。愛する方々。ある意味でそれは正しいと云えなくもない。だが、嘘っぱちである。確かにキリストは、ご自分を求める者たちを救うためにやって来られた。だが、誰かが主イエス・キリストを求めたとしたら、それは主がまずその人をお求めになったからでしかない。キリストはご自分を求めることを私たちにまかせてはおられない。さもないと、まかせっぱなしで立ち消えになるであろう。人間性はあまりにも下劣であるため、たとい天国が差し出され、地獄が耳の中で轟こうとも、主権的な恵みで強制されない限り、いかなる者も決して救いの道へと駆けつけて、地獄から免れ、天国へと逃れようとすることは今もこれからも決してないからである。聖霊が裏づけてくださらない限り、私があなたに説教することは全くの無駄となり、あなたがたの中の誰かに対していかに真剣な勧告が語りかけられても全く無駄となるに違いない。というのも、人間はあまりにもうつつを抜かしすぎているため、また、その疾病によってあまりにも頭脳を狂わされているため、治療を拒否し、飲みさえすれば癒されるはずの一服を自分から遠ざけるからである。自分を死者の中からよみがえらせることのできるものがそれしかなくとも関係ない。「あなたがたは、いのちを得るためにわたしのもとに来ようとはしません」［ヨハ5:40］。人間を放置しておけば、たとい目の前にキリストの十字架があり、背後に地獄のすべてがあろうとも、自分の目を閉ざし、主なるキリストの血によって永遠のいのちに入るよりは罪に定められる方を好むであろう。こういうわけで、キリストはまずやって来ては人々を捜して、それから彼らをお救いになるのである。あゝ！　人々を捜すとはいかに難儀な務めであろう！　あなたがたの中のある人々はきょう、高慢という山脈の頂の上におり、あなたがたの中の他の人々は絶望の谷底深くにいる。私には、《救い主》があなたを捜しにやって来る姿が見える気がする。主はきょう、あなたが聖所という緑の牧草地にいるのを見いだされる。あなたの近くにやって来て、私のこの両手によって、あなたをつかもうとしておられる。だが、主が近づくのを察知するや否や、あなたは罪という荒れた砂漠に遠く逃げ出して行く。ことによると、今晩、あなたは、神の日の神聖を汚すことに安息日の残りを費やそうとしているかもしれない。私には分かっている。少なくとも、あなたがたの中のひとりは、夕べの説教が終わるや否や居酒屋に行き、おそらくは深夜になるまで帰宅しないであろう。もしキリストがあなたを救おうと意図しているとしたら、そこにいるあなたのもとに行かれるであろう。そして、あなたがそうした荒涼たる罪の荒れ地にいる間、何らかの摂理にあなたの後を追わせ、そこであなたをお救いになるであろう。すると、あなたは心の改善という沼沢地に逃げ出して、こう云う。「ここなら、あの羊飼いも追いつけまい。もはやその手も届くまい。私は酒に酔うのをやめたし、悪態をつくのもやめたのだ」。しかし、主はそこでもあなたのもとにやって来ては、あなたがまとおうとしている自分の義という泥沼に足首まで浸かって、あなたの方へ歩いて来られるであろう。するとあなたは、またもや逃げ出しては、絶望の深い穴に飛び込み、そこで自分に向かって云うであろう。「ここなら彼にも決して見つかるまい」。しかし、私には見える。主がご自分の牧杖を携えておいでになる姿が。主はその穴に入り、あなたの足を捕まえては、あなたを肩にかつぎ、喜びながらあなたを家に連れ戻り、こう云われるのである。「ようやく見つけたよ！　これがどこをさまよっても、わたしは捜し続けたのだ。そして、今これを見つけたのだ」、と。キリストがご自分の民のある者らをいかに奇妙な場所で見いだされるかは異様なほどである！　私の知っているキリストの羊のひとりが、その《主人》によって見つけられたのは、彼が自分の老母に暴言を吐くために日曜日の新聞を読み、彼女をからかっている間であった。多くの人々がイエス・キリストによって見つけ出されたのは、罪と虚栄にふけっている最中でさえあった。私の知っている、ひとりの《福音》の教役者が回心させられたのは、劇場の中においてである。彼は、ある芝居に耳を傾けていた。それは、昔風の芝居で、最後の場面では、ひとりの水夫が絞首刑に処される前に一杯の蒸留酒を飲み干して、こう云うのだった。「英国民の繁栄と、この俺様の不滅の救いのために乾杯！」　そして緞帳が落ちて幕となった。そして、私の友人もまた落ち込んでしまった。というのも、彼は無我夢中で走って家に帰ったからである。「この俺様の不滅の魂の救いのために」、というこの言葉に、骨の髄まで打ちのめされたのである。そこで彼は、自分の私室で主イエスを求めた。何日も主を求めた。そしてとうとう主を見いだし、喜びと確信に満たされたのだった。

　しかし、大部分の場合、キリストがご自分の民を見いだされるのは、主ご自身の家の中である。だが、主が彼らを見いだされるとき、しばしば彼らは最悪の気分にあり、最もかたくなな状態にある。そこで主は彼らの心を柔らかくし、彼らの良心を目覚めさせ、彼らの高慢を抑え、彼らをご自分のもとに迎え入れてくださるのである。だが、彼らは、主が彼らのもとに来られなかったとしたら、決して主のみもとに行こうとはしないであろう。羊は道に迷うものだが、自力で戻っては来ない。羊飼いに羊が戻って来るものかどうか尋ねてみるがいい。彼は告げるであろう。「いいえ。羊は、さまよい出すことはしても、決して戻っては来ないものですよ」。一頭でも自力で戻ってきた羊を見ることがあるとしたら、ひとりの罪人が自力でキリストのもとに来ることも期待できよう。否。主権的な恵みが罪人を捜し、彼らを家に連れ帰らなくてはならない。

　そして、キリストは罪人を捜すとき、彼を《お救いになる》。とうとう罪人を、古の雄羊のように罪の確信という角でつかまえた後で、主は罪人の予想とは違い、短刀で彼を殺すことはなさらない。むしろ、あわれみの御手で彼をいだき、慰めて救うことをお始めになる。おゝ、あなたがた、失われた罪人たち。きょうみことばの語られる中であなたを捜しておられる主は、また、その摂理によって何日もあなたを捜してこられた主は、あなたを救ってくださるであろう。主は、あなたの自我が空っぽになったときに、まずあなたを見つけ、それからあなたを救ってくださるであろう。あなたが裸にされるとき、最高の衣を持ち出し、それを着せてくださるであろう。あなたが死にかけているとき、あなたの鼻の穴にいのちを吹き入れてくださるであろう。あなたが罪に定められていると感じるとき、やって来ては、あなたの不義をかすみのように、あなたのそむきの罪を雲のように拭い去ってくださるであろう［イザ44:22参照］。恐れてはならない。あなたがた、望みなき無力な魂たち。キリストはあなたをきょう、捜してくださり、捜すことによって救ってくださるであろう。――この場であなたを救い、あなたが生きている中で救い、あなたが死につつあるときも救い、時間の中で救い、永遠において救い、あなたに――失われた者であるあなたにすら――聖なるものとされた人々の間にある分け前を与えてくださるであろう。願わくは、主が今この言葉を祝福し、あなたの慰藉としてくださるように！

　III.　これ以上のことは長々と語るまい。最初はそうするつもりだったが、あなたを飽き飽きさせるといけない。ただ一言だけ指摘させてほしいが、来たるべき時には、この「失われた」という言葉が、きょうよりもずっと、あなたにとって恐ろしい意味を持つことになるであろう。もうほんの数箇月もすれば、あなたがたの中のある人々は、話をお聞きの方々。かの永遠の大鐘がこのすさまじい言葉を鳴り響かせるのを聞くであろう。――失われた、失われた、失われた、と！　地獄という大墳墓があなたの運命を鐘で知らせるであろう。――失われた、失われた、失われた、と！　そして、永遠の悲惨の影の下で、このことが永劫にあなたの耳を襲うはずである。あなたは永遠に失われたのだ、と。しかし、もしその鐘がきょう、あなたの耳の中で、あなたは失われている、と鳴っているとしたら、おゝ、元気を出すがいい。そのように失われていることは良いことである。自我に対して失われ、高慢に対して失われ、肉的な希望に対して失われているのは幸いなことである。キリストはあなたをお救いになるであろう。それを信じるがいい。その十字架の上にかかっておられる主を仰ぎ見るがいい。一目眺めるだけで、慰めを与えられるはずである。涙に濡れた目を主に向けるがいい。悲惨のうちに血を流しておられる主に。主は、あなたを救う力も意欲もお持ちである。主を信じるがいい。信じてバプテスマを受ける者は、救われるからである［マコ16:16］。信じないものは罪に定められなくてはならない。だが、失われた者たちのうち、いまキリスト・イエスに身をゆだねる者は誰でも、主の死と義を通して永遠のいのちを見いだすはずである。願わくは、主が今ご自分の失われた羊を集め給わんことを。イエス・キリストのゆえに！　アーメン。

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（訳注）

*1　ローマ神話の農耕の神。ユピテル以前の黄金時代の主神で、ギリシヤ神話のクロノスに当たる。［本文に戻る］

*2　ローマ神話の、頭の前後に2つの顔をもった神で、戸口･門の守護神。［本文に戻る］

*3　昔の印度の絞殺強盗団員。［本文に戻る］

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人の子の使命［了］
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